最後は哲学に行くのだろうか?

pagoda in gray scale shot
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ブログを書き始めて5ヶ月になる。

毎日を楽しく暮らすにはどういう心持で過ごせばいいのか?

死ぬまでにやりたいことは何なのか?

などと自問自答しながら書いていると、自分の思考が浅いことに気づく。

幸福とは何かなど考えを進めていくと自分の中で完結せずに堂々巡りになることが多い。

先人に学ぼうと考えて図書館に通い、幸福論などのキーワードで検索を掛けては本を借りてきている。

そんなことを繰り返していると、結局大昔からの哲学的および宗教的命題などに行きつく。

昔、野坂昭如がサントリーゴールドのCMで歌っていた通り、【シェークスピアもプラトンもニーチェもサルトルも皆悩んで大きくなった】のである。

2000年以上たっても人間は同じようなことで思い悩む。

しかも2000年もたっているのに、また先人の書を読んでいるのに、私ははるかにレベルの低いところであーでもないこうでもないと唸っている。

言葉とは?考えるとは?死とは?・・・お金がなくても退屈しない自信だけはついてきた。

今日の写真はフリー画像からダウンロードした白髭神社である。

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