60歳からのロールモデル~その3:無邪気に楽しみながら組織に貢献する生き方~

60歳からの自分が目指す、ロールモデルについて考えてきた。

結論としては、坂本龍馬のような大きな絵を描くカリスマ+人たらしの資質を併せ持つタイプではなく、養老孟司先生のような「自分で考え抜いた言葉で物事の本質を語る知性」、「方丈記的達観」と「昆虫など、自分の好きを大切にする無邪気さ」を参考にすることとした。

具体的な個人を特定してロールモデルとして設定するのではなく、「肩の力の抜けた知性」と「可愛げ」をチャームに、頼りがいのある専門家として、専門性を武器にギバーとして周囲に貢献している人を目指してみようと思う。

人生を通じて、先輩からは可愛がられることの多い後輩キャラクターだった。

また、相手によって態度を変えることはなく人を見る視点も比較的フラットだったと思う。

可愛げ・愛嬌については及第点をつけてもいいかもしれない。

「好きを大切にする無邪気さ」にも自信がある。

一方で、リーダーシップを発揮するのは苦手で、後輩にとって頼りがいのある先輩ではない時も多かったかもしれない。

組織には必ず目的があり、部活動でいえば勝利だったり企業活動であれば利益だったりする。

組織の目的に対して十分な貢献が出来ていると自負している時にだけ、よい先輩としてふるまえたように思う。

そんな時でも叱るのは苦手で、「事前準備と打ち合わせ、細かな業務計画の策定と進捗管理」など、怒らなくても回る仕組みを作るスタイルだった。

こう考えると、60歳を超えて一生幸福でいるためのロールモデルを実現する鍵になる(さらなる頑張りが必要になる)のは、自分でも胸を張って貢献できたと言える専門性を確立して、その専門性を求める組織と接点を持つことだろう。

今までの経験やこれからの学びにより、しっかりとした専門性を確立して、自分で考え抜いた言葉を用いて貢献する。

そのための第一歩として中小企業診断士を取得するというのは悪くない選択だと思う。

ここまで、自分なりの個性で実現可能な目指すべきロールモデルを考えてきた。

中小企業診断士への挑戦も、その理想の自分に近づくための一歩として楽しんでいきたい。

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60歳からのロールモデル~その2:養老先生に学ぶゆったりした感じ~

昨日に続いて、60歳からの自分が目指す、ロールモデルについて考えてみたい。

ロールモデルは、目指したくなる人のことだから、魅力的な人ということになる。

魅力的な人もいろいろなタイプがあるのだろうが、万人をひきつける、突き抜けた魅力ということになると、カリスマや超のつく人たらしということになろうか。

カリスマという言葉で思い浮かぶ人、人たらしという言葉で思い浮かぶ人は、著名人も含めて考えると、それなりにいる。

カリスマ+人たらしを兼ね備えた最強の人ということになると、田中角栄、坂本龍馬といったところか。

存命であれば、ビートたけしなども含まれるだろう。

「方向性を指し示して人を引っぱっていく力(カリスマ)」と「人への強い関心をもち、裏表がなく、限りないやさしさにあふれた、無邪気で愛嬌のある人柄(人たらし)」を兼ね備える人。

身近なところにいる市井の人では、大学時代の柔道部の先輩、私が中国に駐在していた時の中国事業の総責任者が思い浮かぶ。

とてもじゃないが、私のような凡人が目指すタイプではない。

全く違うタイプのカリスマ兼人たらしは、いないものか。

よくよく考える内に、養老孟司先生が思い浮かんだ。

養老先生には、「思考の深さと、世の中の本質を捉える視点」や思考を言語化する力、ぶれない「達観」から生まれる独特のカリスマ性がある。

養老先生が持つ、物事を深く考えながらも肩に力の入っていない独特の空気、虫・猫・漫画・ゲームなどに向ける「無邪気な好き」も魅力的だ。

話の中に、限りないやさしさもにじむ。

講演会の質疑の時間に、挙手して直接質問できた時の感動は、私にとってのもう一つのタイプのカリスマ+人たらしと接したからなのだと思う。

とうてい及ぶものではないが、私が目指す方向性としては、「小さな知性」と「可愛げ」が同居している、肩の力の抜けた、一緒にいて気持ちのいいひとというところではなかろうか。

・土台となるキャラクター:
「人見知り」だけど「内面に愛嬌」を隠し持ち、仲間を大切にして、威圧感はなく、共感性が高い。誰に対しても態度が変わらない聞き上手。

・ギバーとしての関わり:
60歳まで培ってきた「食」の専門性を活かした地域支援や、「苔テラリウム」を通じた癒しの提供。

養老先生のようにはなれない。でも、自分らしい「肩の力の抜けた知性」と「可愛げ」を、60代という時間をかけて、少しずつ育てていきたい。

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60歳からのロールモデル~その1~

ロールモデルと言えば、生き方、行動やキャリアのお手本となる人物のことである。

若い頃から、その時々で憧れてきた人物を思い出しながら、60歳からの自分はどんな人物像を目指したいのか考えてみたい。

子どもの頃、画面の向こうで輝いていた、あこがれの人たちは、ロールモデルというのだろうか?

例えば、アントニオ猪木。

アントニオ猪木は、私にとって、ヒーローだったのか、それともロールモデルだったのか?

ヒーローは、あこがれて見上げる存在、ロールモデルは、自分もああなりたいという存在だろう。

猪木のように強くなりたいと願い、ブルワーカーを購入したり、腕立て伏せに励んだりして少しでも筋肉をつけようとしていた。

あの行為は、ヒーローとして出会い、ロールモデルとして捉え直したということでいいのだろうか?

スポーツの世界では、他にも若くして亡くなられた古賀稔彦がいる。

平成の三四郎と呼ばれた古賀選手は、身長も体重も私と同じだったのだが、目の前で理想が柔道していると形容するのにふさわしい試合ぶりだった。

古賀選手の背負いに少しでも近づけようと一所懸命に稽古した。

ヒーローとしての色合いの強い猪木よりも、よりロールモデルに近い存在だったように思う。

彼は、1967年生まれで、私の1年下になるので、生まれて初めての年下のロールモデルだったかもしれない。

スポーツ界以外でも、壮大なスケールで無類の人たらしだった坂本龍馬や死と隣り合わせの瞬間にも笑顔で軽口を叩いていそうなルパン三世など、歴史上や創作の世界の人物も含めて、常に、自分が少しでも憧れの人に近づくためにはどうするか考えていた。

憧れだけで終わるヒーローでなく、ロールモデルとして捉えて、自分なりに真似をし、試行錯誤を重ねてきた人生だったのかもしれない。

今までの人生で私を導いてくれたロールモデルたちを思い出しながら、60歳からの自分が目指したい、ロールモデルを引き続き考えてみたい。

鬼籍に入ったひとかもしれない、年下かもしれない、身近な人かもしれないし、遠くから勝手に私淑しているひとかもしれない。

もしかすると、いいところどりした、寄木細工のような人物像ができあがるかもしれない。

どんな人物像が浮き上がってくるのか、自分でも楽しみだ。

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60代からの、お酒との付き合い方~科学と実感のあいだで~

お酒が好きで、「酒は百薬の長」という言葉を言い訳に、周りから早死にするぞと言われながらも、実に良く飲んでいた。

大規模な疫学的調査の結果、最近では、「健康面だけを考えるなら、お酒は一滴も飲まないのがベスト」という知見が主流になっているらしい。

科学の世界では、「ヤマカガシには毒がない」などのように、頭から信じ込んでいた常識がひっくり返ることがあるが、アルコールに関しては、その可能性は限りなく低そうだ。

アルコールが分解されるときにできる、アセトアルデヒドによる発がん性のメカニズムが分子レベルで解明されており、がんの種類によっては飲む量に比例してストレートにリスクが上昇するらしい。

とはいえ、自分の実感とは異なる部分がある。

身体的な病気のリスクとの関連では、何一つよいことはなかったとしても、人見知りだった若い頃の自分が、社会に溶け込むためのコミュニケーションの潤滑油として、仲間作りに貢献してくれたし、お酒を通じて獲得した人間関係が、現在にいたるQOLを底上げしてくれていることも事実である。

ストレス解消効果が、間接的に免疫力を高めて、結果的に長寿につながる、アルコールの害を補って余りある効果が、醸造酒の発酵由来成分で発見される可能性もある。

もちろん、これらは現時点では私の推測にすぎない。

「コレステロール値が上がるから、卵は一日一個まで」と言われていた頃、私はどこか腑に落ちなかった。

そして実際に知見は変わった。

この経験があるからこそ、私は科学を疑うのではなく、科学は更新され続けるものだと思っている。

若い頃のような無茶な飲み方では、早死にするかもしれない。

しかし二日酔いにならない程度のお酒を愉しむこと(これが難しいのだが)は、健康に悪くないと信じながら、一生付き合っていきたい。

「私の体質では飲酒した方が長生きできる」

この仮説を、自分自身の人生をかけた実験で、確かめていこうではないか。

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久しぶりのサウナで知った、身体の変化と起業への熱

3連休の中日に、数年ぶりに温泉に行った。

妻は露天風呂、私はサウナが目当てである。

初めてサウナに入ったのは、学生時代である。

風呂なしの下宿住まいであり、通っていた銭湯に、二人で満員の小さなサウナがあった。

水風呂は一人用だ。

初めて水風呂に入った時は、世の中にこんな気持ちのよいものがあるのかとえらく気に入った。

今でこそ、水分の摂り過ぎで大汗かきの体質であり、スポーツジムに行くと1kgは直ぐに体重がおちる。しかし柔道部だった当時は、体重別の大会で減量しているときなど、30分間サウナ入っても一筋の汗も伝わらないまま、火照った身体を水風呂で冷やしていた。

社会に出てからも、サウナ付きの温泉によく通った。

少し温度の低い湿式の塩サウナも大好きで、身体中に塩を塗りたくって、たっぷりと汗をかくと肌がつるつるになっていて、これも驚きだった。

しかし起業を意識しはじめて生活が少し変わった。

苔テラリウムのマルシェ出展やイベントが土日に入るようになり、温泉へ足を運ぶ機会が自然と減った。

今回のサウナは、本当に久しぶりとなった。

相変わらず、とても気持ち良かったが、水風呂に使った時に心臓がドキドキとしてびっくりした。

若い頃には感じなかった身体の反応である。

血管の急激な拡張と収縮、血圧の変化など、サウナと水風呂の繰り返しは、慣れていないと身体も驚くのかもしれない。

「今が一番若い」、そんな言葉を思い出して、サウナを味わえる身体をキープしておくためにも、たまにはサウナに行く時間を持とうと思う。

そういえば、起業塾で知り合った、50代の方が個室サウナ店をオープンした。

私には、「サウナが好きだからサウナを作って開業する」という発想がなかった。

好きなことを仕事にする、その行動力に驚かされた。

久しぶりのサウナで自分の身体の変化を感じた。

同時に「好き」を仕事に変えようとする人の熱も思い出した。

次は、そのオープンしたばかりのサウナ店を訪ねてみようと思う。

サウナの心地よさだけでなく、夢を形にした人の熱にも触れてみようと思う。

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華甲の友へ贈る一冊

大学時代の友人からの誘いで、8月に大阪で会うことになった。

早逝した友人のお墓参りと、学生時代の後輩がやっている居酒屋にいくことが目的である。

前回は、私が60歳になる直前で、そのときに「闘魂」の文字の入った赤いタオルをもらった。彼も今年60歳を迎える年なので、お返しのプレゼントを贈ろうと思う。

大学時代は硬式野球部に入っていて、4番一塁だったように記憶している。

外見に似合わない文学青年で、俳句誌に投稿していた時代もあったし、前にあった時は漢検1級に受かったと言っていた。

私が中国に駐在するときには、「プリズンホテル」をもらった。それっきり、浅田次郎にはまってめぼしい本はかなり読んだ。

「還暦」、「漢検1級」、「本好き」、彼らしいキーワードをならべながら、贈り物を考える。

「赤系」の品に「還暦」を「華甲」と読み替えた文字を刻めないだろうか。

考えた末に、ワインレッドのブックカバーに、「華甲」と「友人の名前」を刻み、おすすめの本を挟んで贈ることにする。

おすすめの本は、60歳からの生き方のアドバイスをくれそうな養老孟司の本、幸福度をあげてくれる感謝日記の本、文学賞の中でも好きな作品の多い「本屋大賞」から選ぶか、もう少し悩んでみよう。

昔は、相手に欲しいものを聞いてプレゼントを選んでいた。

子どもへのプレゼントは、誕生日はもちろんのこと、サンタクロースを信じていた年頃のクリスマスプレゼントであっても、事前に欲しいものをヒアリングしていた。

親や妻でも欲しいものを聞いて贈っていた。「どんなものが喜ばれるか?」あれこれ頭を悩ませて、人に物を贈るのは、結婚前、片思いをしていた頃の30年以上ぶりかもしれない。

物を贈る側も、贈り物を考える時点で、既に幸福な時間をもらっている。

長い時間をかけて、私の中で贈り物の意味が変わってきた。

こんな感情の循環が幸福への近道なのかもしれない。

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屋号について考える

「悠遊って、どんな意味なんですか?」


最近、ワークショップでそんな質問をいただくことが増えてきた。

改めて、屋号をつけた時の思いを綴ってみたい。

苔テラリウム悠遊という屋号で、苔テラリウムの作品を販売したり、ワークショップを実施したりしている。

創業者たちは、みな、屋号にどんな思いを込めているのだろう。

「こんな自分でありたい」という望みをこめたもの、「お客様に幸せな気持ちになってもらいたい」という利他の思いをこめたもの、「自分や家族の名前、愛着のあるもの」などの、自分自身のアイデンティティに由来するものなど、様々な形があるだろう。

悠遊という言葉は、定年を迎えた自分が、第二の人生をどのように生きたいかという思いと、お客様に悠遊とした気分になっていただきたいという利他の気持ちのハイブリッドタイプだと思う。

悠という字からは、時間や空間の広がりの中でゆったり生きて行こうと語りかけられているような気がする。

一方で、遊という字からは、何事にもとらわれず自由に楽しもうというメッセージを感じる。

自分に向けては、次のようなメッセージになるだろう。

心にゆとりを持って自由にのびのびと楽しもう

ゆったりと気ままに過ごしていこう

屋号について考えているうちに、私は「何を届けたいのか」も改めて言葉にすることができた。

お客様に向けては、次のようなメッセージになるだろう。

「日々の忙しさを忘れて、一息つきましょう」という誘い

「小さな器から、自然に思いを馳せて、無限の自由を楽しんでほしい」という思い

そう考えた時に、

存在意義(ミッション)は、「都市で働く人たちに、自然と共にある暮らしを届け、心にゆとりを取り戻すきっかけをつくること」。

ビジョンは、苔テラリウムを通じて「森の景色を、暮らしの中へ」届けること。

パソコンから疲れた目を、デスクの上の苔テラリウムに向ける。

小さなガラスの中に広がる森を眺めながら、深呼吸をひとつする。

ふんわりと心が軽くなる。

森の中に没入するような感覚で深い安らぎを感じてもらう。

そんな、「悠遊」の時間を届けたい。

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来年もツバメが帰ってくるために

駅から会社まで歩いて10分。

道沿いには、毎年楽しみにしているツバメの巣が5つほどある。

今年もひなの成長を見守りながら会社へ向かう。

5月の子育てを終えて、今は2回目の子育ての真っ最中である。

巣から覗くひな鳥も大きくなってきた。

子ツバメは孵化してから巣立ちまでに、1羽あたり1万匹以上の虫を食べるらしい。

目の前を十数羽の親鳥が飛び回っている。

風景に同化してしまって、人の目には見えないが、蚊やハエ、アブ、アブラムシなどが、ものすごい数で空を飛びまわっているのだろう。

時々、自転車を漕いでいてユスリカの蚊柱に突っ込んでしまうことがあるが、もしかするとあれくらいの密度で虫がいるのかもしれない。

都会では、見かけることの少なくなったツバメだが、私の住んでいる地域では、今年も元気に子育てをしている。

ほほえましい光景だが、未来のことを考えると、胸が痛むし、心配になってくる。

気になって調べてみると、調査によって幅があるものの、過去30年ほどの間に「70%〜90%近くもの昆虫が減ってしまった」という報告が見つかる。

このペースでいくと、子どもや孫の時代に、昆虫がいるから成立している、当たり前の風景が失われてしまうのではないかという危機意識がわいてくる。

農薬の使用や生息地(森や草原など)の減少、地球温暖化をはじめとする気候変動、都市部の光公害など様々な要因があるのだろう。

昆虫が減少すると、それらをエサとする鳥やカエル、そして植物の受粉(農作物の実り)にも大きな影響が及ぶ。

生態系全体のバランスは崩れ、昆虫の受粉に支えられている果物や野菜が減ると、私たちの食卓も大きく姿を変えてしまうだろう。

「私たちは祖先から地球を受け継いだのではない。未来の子どもたちから借りているのだ。」

という、ネイティブ・アメリカンに伝わる有名な言葉を思い出す。

「福岡に移住して自然と暮らす」、そんな定年後の暮らしも、虫がいて、豊かな自然があってこそだ。

虫たちが元気に生きていける環境を残すために、少しでも出来ることをやっていきたい。

・庭やベランダを「小さな生態系」にして、虫たちの「オアシス」を作る。
・「落ち葉や枯れ木」は燃えるゴミにせずに、土に漉き込む。
・農薬や除草剤は使わない。家庭菜園は、コンパニオンプランツで守ろう。
・地産地消、有機野菜の利用を心がけよう。
・苔テラリウムを通じて、自然を愛でる習慣付けに貢献しよう。

あきらめることなく、身近なところから、行動しよう。

小さな行動の先に、未来がある。

来年も帰ってくるツバメに、そんな報告をしたい。

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60代からの声磨き。目指すはモーガン・フリーマンの渋い声

定年するまで、お客様相談室長として難しい電話応対を引き受けることが多かった。

対応後には、次に生かすべく録音を聞き返すのだが、「自分の声が毎回違う」ことに気づく。

もともと高校時代に一度のどをつぶした経験があり、低音だみ声になった。自分の声質が決して好きではなかった。

ただ体調が万全ではない日や、力を抜いて話している時に限って、不思議と声に空気が混じり、少し渋い響きになることがあった。

試しに意識して声に空気を含ませると、その間、少し渋い声質になった。

自分の嫌いな声質に、時折、悪くない声質がまざる。安定しない感じの話し方だ。

せっかくだから、意識せずに(無意識の習慣として)、渋い声で話せるように変えてみたいと思う。

低音で渋い声に共通する特徴を調べると4つに集約された。

・「倍音」胸や喉に響く、深みのある声
・ゆったりとしたテンポと間
・ささやいているように、少し息が混じるハスキーな響き
・「チェストボイス」みぞおちから出すような安定した発声

「ハミング」や「あくび発声」などをトレーニングすることで、無意識に渋い声で巡航運転のように話すことができそうだ。

試験勉強や滑舌改善のために続けている音読。音読の目的に「渋い声になるための訓練」を加えて、毎日の習慣にするところからやってみよう。

マイケル・ジャクソンのような甘くメロウな声は出せなくてもよい。

包容力があって聴くだけでほっとする、モーガン・フリーマンのような声に、少しでも近づけるとよいと思う。

中小企業診断士として相談を受ける時も、苔景作家として作品の魅力を伝える時も、「この人の話をもっと聞きたい」と思ってもらえる声は大きな武器になるはずだ。

60代でも、人はいくらでも磨ける。今度は「声」を磨いてみようと思う。

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食Proへの道~中小企業診断士③人生経験は最高の教科書編~

将来、中小企業診断士として活躍するための学習を開始した。

まずは、診断士試験を軽く突破する必要がある。

YouTube動画【ほらっちチャンネル】の視聴に加えて、問題集を一冊買ってきた。

還暦の脳みそでは、丸暗記はなかなか頭に入らない。

だから、自分の経験や五感を記憶のフックにして、一つひとつエピソード記憶へ変換していく作戦だ。

問題集をパラパラとめくりながら、自分の体験と重ね合わせてみる。

重なるものも多いが、教科書を開けば初めて見る用語も多い。

昔経験したことでも理論として整理されると意外と難しい。

だからこそ、自分の経験を思い出しながら、一つずつ知識を結び付けていこうと思う。

・会社員としてのスタートは食品会社の研究員。
 マーケティングから量産化、設備投資、特許取得まで経験してきた。

 ──これらは「企業経営理論」や「運営管理」で学ぶ内容そのものだ。

・海外工場立ち上げでは、F/S(実現可能性調査)のためのコストや生産能力を算出した。

 ──まさに「財務・会計」の世界だった。

・海外の現地責任者として駐在した後は、「自分たちの商品を中国の人民食にしよう!」という掛け声のもと、中国のお客様の嗜好を考えて開発、生販在(生産・販売・在庫)の会議にも参加して調整を行ってきた。

赴任当初は、財務諸表が読めずに約1年間、簿記の学校に通う。

・中国の一拠点を閉鎖することになった時に、現地責任者として通常清算に関与。夜を徹した労使交渉なども行って、松江工業区より、きれいな清算だと評価していただいた。

・完全人工光型植物工場のベンチャーでは生産統括部長を務めた。
直接担当ではなかったものの、国の大型補助金や助成金を活用して事業を進める現場を間近で見ることができた。

・私生活でも「インベスターZ」、「エンジェルバンク」などの経済漫画や「集まれ経済の森」、ひろゆきやDMMの亀山会長が絡むYouTubeを愉しみとして見たり、自分でもコンポストの補助金を申請したりしてきた。

60年生きてきた経験は、決して無駄ではなかった。

人生経験こそ、今の私にとって最高の教科書なのかもしれない。

一年後、「勉強してよかった」と笑えるように、まずは楽しみながら学んでいきたい。

さて、来週の今頃は、どれだけ教科書に付箋が増えているだろう。

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