私の必要火急

新型コロナ下で、私の大切にしている、沢山のことが不要不急扱いになってしまった。

私にとっての必要火急は、いったい何なのかをはっきりさせるべく、最初の取り組みとして、自分の好きな人、好きなもの、好きな事をあげることから始めて昨日まで書き連ねてきた。

その結果として、自然のある暮らしが大好きで自然の近くに身を置くこと、大切な家族と共に過ごす日々が大好きで、過去の思い出(幸福な記憶)を積み上げてきたように、これからも妻や子供たちとの幸福な記憶を積み上げていくこと、周りの皆が幸福になるよう貢献すること、これらのことが私にとって必要不可欠のことなのだとわかった。

また幸福を幸福として感じることのできる、丈夫な心を維持する為に、60歳以降は「嫌なことはしない」、「自分のことは自分で決める」、「今、現在を懸命に生きる(目の前のことに没頭する)」ことこそが、精神面における、私の必要火急なのではないかといった気づきを得た。

精神的な幸福を維持する上での土台となる、物理的な必要火急についても考えてみる。

現在、ウクライナ、パレスチナ、ホルムズ海峡、自然災害、地球温暖化など、きな臭い話題が多い。新型コロナの時にも感じたが、これからは、社会全体での分業体制の中で、会社員として自分の仕事における責任を全うしていれば、その見返りとしての衣食住を賄う為の給与や社会保障による相互扶助を得ることが難しくなってくるのではという恐れを感じる。

今までよりも小さなコミュニティの中で、より自立した(分業的でない)生き方を探っていく必要性にも思いが及んだ。(続く)

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