【はじまりはコロナ~その2~】

コロナで家に閉じこもって自問自答を重ねている時、最大の関心事は、いかにすれば幸福に生きることができるか?であった。アラン、ラッセルなどの幸福論や東洋的な幸福感、最新の研究などを参考にしながら、まずは自分にとっての好きを思い出して再開すること、嫌いなことが何か考えて、取り除くことから始めた。

「『子供のころ、自分は何が好きだったろうか』―そう自問した時、真っ先に思い浮かぶのは自然、生き物とのふれあいだった。」

終戦後、台湾から引き揚げてきた祖父は、横浜に居を構えた。当時は、東急東横線沿線の分譲住宅でも100坪を超えていて、終戦後の一時期、食べ物にありつくことにもことかいた祖父は、リスク管理の視点から、食用目的も含めていろんなものを飼ったり植えたりしていた。食用以外も含めて、当時の庭・屋内は、小さな動植物園のようだった。ニワトリ、犬、猫、ハト、メジロ、亀、ヘビ、メダカ、カブトムシ、クワガタムシなど、植物では、柿、ビワ、イチジクといった果樹に加えて、ナス、トマト、ふき、むかご、ミョウガ、ひょうたん、盆栽などがあった。夏には、麦茶の代わりに庭に自生していた、少し薬臭いドクダミ茶を飲み、ヨモギを草餅にして食べるのも毎年のことであった。産み立てで、まだ温かいニワトリの卵を取りに行くのは私の仕事で、祖父と一緒に庭いじりをやったものだ。子供のころの記憶で映像として脳裏に浮かぶのは生き物であることがほとんどだ。この原体験こそが、私の幸福にかかせないものであることに気づき、再び取り戻す為の行動が始まる(次に続く)

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