持続可能な家計の設計(大学生の頃を思い出してみた)

2月末で定年退職となり、再雇用になってから、もうじき4か月となる。

大学生と高校生の子供がおり、人生で教育に最もお金のかかる時期だ。

しかし教育費はもっとも効率のよい未来への投資と割り切っている。

この時期を終えてしまえば、収入と支出もバランスしてくるだろうし、それまでを持たせる蓄えもあるので、気にかけないようにしている。

とはいえ、毎月50万円以上の支出となっており、家計の中身をしっかりと把握して、月7万円の仕送りで暮らしていた大学生の頃を思い出して、〆るところは〆ていきたいものである。

当時の暮らしを振り返ってみよう。

1980年代の札幌で、北海道大学に通学していた。

下宿は、共同便所の風呂無し六畳一間。洗濯機もピンク電話も共有。

家賃は光熱費込み18,000円/月。

携帯もパソコンも(卒論を手書きした、おそらく最後の世代)、もちろん車もなくて交通費も不要(通学は自転車)だった。

主な出費と言えば食費くらいだが、当時は食費も安かった。

さっぽろばんけいスキー場では、毎日の為替を反映させた1ドルラーメン(当時1ドル150円くらい)を食べることができたし、学食も300円程度で腹いっぱい食べることができた。

大学生ということで、祖母や伯父夫婦、父母からは、まだお年玉がもらえた。

仕送りの余りとお年玉を、酒代や旅行代に充てれば不足しなかった。

当時は、一尾で腹いっぱいになるようなサイズのホッケが600円くらいで食べることが出来たし、安い焼酎のボトルを入れておけば、1000円/回もかからなかった。

大学時代は、一度も風邪をひかなかったので医療費もかからなかった。

大学寮に遊びに行くと、古新聞・古雑誌の廃棄置き場に、ありとあらゆる漫画雑誌があって、時間潰しにも苦労しなかった。

当時と今を比較すると、家族4人が幸せに安全に暮らす為の住宅費や自家用車に、スマートフォンやWi-fi環境などを加えた生活インフラを維持するための費用が全く異なることに気づく。当時も今も楽しいが、今の支出は、「責任の重さ」によるものであろう。

担げるものが多くなったのだと誇ろう。

楽しかった学生時代を思い出すと、「あれがないと暮らせない」と思っているものの中にも、案外なくても困らないものがあることに気付く。

食費を少し工夫し、図書館や無料動画も活用する。

小さな積み重ねなら、今からでもできそうだ。週末は、図書館に行ってきた。

健康に気を付けながら、この時期を楽しく乗り切っていこう。

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