食Proへの道~中小企業診断士③人生経験は最高の教科書編~

将来、中小企業診断士として活躍するための学習を開始した。

まずは、診断士試験を軽く突破する必要がある。

YouTube動画【ほらっちチャンネル】の視聴に加えて、問題集を一冊買ってきた。

還暦の脳みそでは、丸暗記はなかなか頭に入らない。

だから、自分の経験や五感を記憶のフックにして、一つひとつエピソード記憶へ変換していく作戦だ。

問題集をパラパラとめくりながら、自分の体験と重ね合わせてみる。

重なるものも多いが、教科書を開けば初めて見る用語も多い。

昔経験したことでも理論として整理されると意外と難しい。

だからこそ、自分の経験を思い出しながら、一つずつ知識を結び付けていこうと思う。

・会社員としてのスタートは食品会社の研究員。
 マーケティングから量産化、設備投資、特許取得まで経験してきた。

 ──これらは「企業経営理論」や「運営管理」で学ぶ内容そのものだ。

・海外工場立ち上げでは、F/S(実現可能性調査)のためのコストや生産能力を算出した。

 ──まさに「財務・会計」の世界だった。

・海外の現地責任者として駐在した後は、「自分たちの商品を中国の人民食にしよう!」という掛け声のもと、中国のお客様の嗜好を考えて開発、生販在(生産・販売・在庫)の会議にも参加して調整を行ってきた。

赴任当初は、財務諸表が読めずに約1年間、簿記の学校に通う。

・中国の一拠点を閉鎖することになった時に、現地責任者として通常清算に関与。夜を徹した労使交渉なども行って、松江工業区より、きれいな清算だと評価していただいた。

・完全人工光型植物工場のベンチャーでは生産統括部長を務めた。
直接担当ではなかったものの、国の大型補助金や助成金を活用して事業を進める現場を間近で見ることができた。

・私生活でも「インベスターZ」、「エンジェルバンク」などの経済漫画や「集まれ経済の森」、ひろゆきやDMMの亀山会長が絡むYouTubeを愉しみとして見たり、自分でもコンポストの補助金を申請したりしてきた。

60年生きてきた経験は、決して無駄ではなかった。

人生経験こそ、今の私にとって最高の教科書なのかもしれない。

一年後、「勉強してよかった」と笑えるように、まずは楽しみながら学んでいきたい。

さて、来週の今頃は、どれだけ教科書に付箋が増えているだろう。

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ひょうたんからロゴ!

一昨日、苔テラリウムの名刺を作った話をした。

テラリウムの写真を撮って、AIに背景を作ってもらい、Canvaで名刺サイズに調整して、文字入れをした。

少し値がはるなと思いながらも、紙質も和紙っぽい素材を選んだ。

我ながら良い出来だと、ご満悦だった。

気に入ったので何度も、デザインを眺めて悦に入る内に、とんでもないことに気づいた。

あろうことか、ウォーターマークが入っているではないか。

今回使ったサービスは、自分で撮影した作品を正面に据えて、背景をいれてもらうだけでも透かしがはいるものだったようだ!

週末には、ウォーターマークの入った名刺が100枚到着する。

来週末には、できあがった名刺を配りたい、創業塾の仲間と会う機会が待っている。

「どうしよう」と考えた結果、ロゴシールを貼ることを思いついた。

本末転倒ではあるが、そのためにロゴを作り始めた。

名刺を配り終わり、増刷するときには、そのまま印刷したくなるようなロゴを作って貼り付けよう!

複数のAIを試すと、同じプロンプトから、全く異なるデザイン候補が次々とあがってくる。

ふしぎなものだ。

一番気に入ったデザインをベースに、壁打ちを繰り返す。

いい感じに近づいていった。

名刺やロゴ、キャッチコピーなどを考えているうちに、一つの統一した世界観としてつながり始めていることに気づく。

ウォーターマークには焦った。

でも、あの失敗がなければ、このロゴも、このブランドの世界観も生まれていなかった。

思いがけない出来事から、大切なものが生まれることがある。

まさに、「ひょうたんからロゴ」だった。

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未来へつながる一枚 ~苔テラリウム悠遊の名刺づくり~

「65歳の時に、どんな毎日をおくっていたいだろう。」

そんな問いを自分に投げかけた時、浮かんできたのは3つの軸だった。

・福岡に移住している
・苔テラリウムを通じて、人に癒やしを届けている
・食の専門家として、食を通じて地域に貢献している

60歳の今は、その未来を実現するべく、少しずつ仕込みを進めている。

・(福岡移住)7月6~7日で、福岡を訪れた。移住候補先の福津市が希望にかなう場所であることを確認した。

・(食の専門家)よろず支援で専門家登録をしている知人から、中小企業診断士の資格をとるのが近道とアドバイスを受けて、YouTubeの動画の視聴を始めつつ、7月12日に問題集を購入してきた。

残る一つが、苔テラリウムだ。

時折、マルシェに出展して作品を販売、ワークショップを開催したりしているが、5年間の活動を資産とし福岡で活用するには、通販を形にしておきたい。

以前に作ったものの、活用できていないHPを拠点として、Creema(ハンドメイドマーケットプレイス)への導線を引いたり、インスタグラム、Business Lineなどの全ての活動を一元的に管理・発信していきたい。

今日は、そのための第一歩として、名刺作りに挑戦した。

苔テラリウムの写真を撮り、AIで背景を作り、Canvaでデザインを組み、印刷データと何度も向き合いながら、ようやくプリントパックの注文までたどり着いた。

この一枚の名刺が、5年後の福岡につながる一歩になると信じている。

今まで出来ていなかった事がどんどんできるようになってくる。

成長を実感する一日になった。福岡に向けて歩調をあげていこう。

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食Proへの道~中小企業診断士②AI時代の中高年向け勉強法編~

昨日に引き続いて、中小企業診断士資格の取得について記載する。

60歳になり、人の名前が出てこないなど、記憶力の衰えが気になり始めたタイミングでの挑戦になる。

昔のように、教科書や参考書を片端から暗記して、力づくで点を取るようなやり方は、もうできない。

本も少し読みすすめると、目が疲れてくる。

今までの知恵と経験に加えて、現在の技術も取り入れた、自分に向いた勉強法でチャレンジするしかない。

私の若い頃には、ユーチューブはもちろん無かった。

授業で教わることはあったものの、圧倒的に文字からの情報インプットが多かった。

目の疲れ対策も兼ねて、音でも学ぼうとユーチューブで人気の動画を探した。

「ほらっちチャンネル」という中小企業診断士の受験対策や実務情報に特化したチャンネルにたどり着いて、早速見始めたところ、イイ感じだ。

若い頃でも、気が散ってしまい、学習内容が頭に入らないまま、何度も同じ行を繰り返すようなことはよくあったが、私の記憶は、意外と聴覚優位なのかもしれない。

そういえば、「かそうかなまああてにすなひどすぎる借金」など、音読してゴロで覚えた記憶は、この年になっても定着している。1.5倍速など工夫しながら、進化させていく。

大人になって身に付けた習慣も味方だ。早起きして、ジャーナリングしている。これも学習に役立つ。

・学習前5分のジャーナリング:脳に残った日常生活のタスクを空にして、深い没頭状態を作り出す。

・学習後10分のジャーナリング:メタ認知的に間違えた理由を深堀する。

さらに、60歳までの様々な実務経験と紐づけて、生きた知識との掛け算で「エピソード記憶」に変換する。

これこそが、年齢とともに高まると言われる「結晶性知能(経験や知識を組み合わせて活用する力)」の真骨頂だ。

AIも味方につけよう。

問題集の答えで、結果(〇×)しか載っていない問題について、徹底的にAIに解説してもらう。

24時間365日の家庭教師がいるようなものだ。

70歳を過ぎて司法試験に合格する人もいる。

結晶性知能を駆使して、受かって見せる。

Fight!

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食Proへの道~中小企業診断士編①世の中、甘くない~

定年再雇用を終えた後、福岡で食Pro(6次産業化プロデューサー)など、専門を活かした道につけないか検討中である。

公的機関でポジションを得るのが、とっかかりとしては最良の選択だと考えて、専門家登録する為の要件を調べ始めた。

HPの作成などを生業としている知人が、三重県のよろず支援拠点(国が全国に設置している、経営相談所)で、ITコーディネーターとして専門家登録を行っているので、相談にのってもらった。

受けたアドバイスで、世の中甘くないことを痛感した。

アドバイスの中身は、「公的機関に居場所を持とうと思ったら、まずは国家(公的)資格が必要。

資格を名刺代わりにして、初めて土俵に立てる。

中小企業診断士を取りなさい。

今、60歳でしょ、65歳でリタイアするんだよね、5年あれば十分間に合う。」というものであった。

総菜管理士1級や殺菌監理技術者などの民間資格に加えて、今までの実務経験を語ればいけるのではないかと考えていた。

呑気な頭に冷や水を浴びせられた気分だ。正直、一瞬ひるんだ。60歳から挑戦するには、あまりにも高い壁に思えた。

中小企業診断士について調べてみると、弁護士などは別格として、国家資格の中でもトップクラスの難関で、一次試験・二次試験の総合合格率は、5%程度の狭き門らしい。

平均勉強時間は、驚きの約1,000時間。

試験そのもののボリュームも圧倒的だ。

一次試験(7科目・マークシート):合計510分

二次試験(4科目・筆記試験):各80分/合計320分

事前の勉強どころか、試験当日だけでも脳の体力が持つか不安になってくる。

まぁ、でも、その先に思い描いた未来があると信じて、やるだけやってみよう。

診断士の資格に、食品メーカーで培った開発やプラントの立ち上げ、品質保証、海外駐在で得た異文化の視点、苔テラリウムをスモールビジネスとして育てていく中で得られるマーケティングの視点などを組み合わせれば、自分にしかできない支援があるに違いない。

60歳からの挑戦は決して楽ではない。

しかし65歳までの5年間に、自分がどれだけ成長できるか試してみたい。

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移住候補・福津市を「暮らす視点」で歩いてみた

7月5~6日で、福岡に行ってきた。

博多駅についた時の印象は、笑い声の割合が多くて、ガヤガヤとした喧噪が、東京よりも半音高い感じがした。

日曜日のせいかとも思ったが、帰途につく6日の印象も同じだったから、ゆとりがあるのかもしれない。

宗像市に住む、友人会社の元同僚を呼び出して、14時から3時間ほど博多駅で飲んだ。

店員さんが、大阪とも少し違う乗りの良さで、人懐っこい感じがした。

好印象を持ってのスタートになる。

今日は、博多ですごす。福津を歩く旅は、6日になる。

6日は、朝9時にレンタカーを借りて、まずは生活インフラの主軸となるイオンモール福津へ行く。

距離にして21kmを地道で走って1時間を少し超えた。

都市のど真ん中を抜けて走るには、平均時速で30km/時も出なかった。

博多~福間の移動は、やはり電車がいいだろう。

イオンモールで、昨日に引き続き、宗像居住の友人と待ち合わせて、あちこち案内してもらう。

イオン近くには、宗像水光会総合病院があり、市役所もある。

東福間駅~福間駅の幹線道路も賑やかだし、近くで住居を探せば、生活インフラにはさほど心配しなくてよさそうな印象を受けて一安心である。

福間駅からたまの博多へのアクセスも便利だ。

生活インフラを見て回った後は、自然の魅力を感じにいく。

3kmも続く遠浅の浜(福間海岸~宮地浜~津屋崎)が毎日の散歩コースになると考えるだけで心が弾む。

嵐で有名な、光の道の走る宮地嶽神社と宗像大社も参拝したが、雰囲気のあるいい神社だった。

津屋崎では町起こしに取り組む集会所もある。

道の駅むなかた、あんずの里といった、天産物を安く買える直販所もあり、毎日を楽しく暮らすにはいい街だと感じる。

年を取ると、遠出は避けがちだが、今日名前を挙げた地名の中で、福間駅から一番遠い道の駅でも12.6kmである。

暮らしやすさがコンパクトに詰まっている印象だ。

妻にも気に入ってもらえそうな気がする。

早く見に行ってもらおう!

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移住候補・福津市を「暮らす視点」で歩いてみる

今年は、九州大学の主管で旧七帝戦が開催される。

柔道の試合は7月4~5日にある。

長いことご無沙汰していたが、移住先として検討中の福岡ということで、久しぶりに参加することにした。

福津市を見て回る時間も取りたいので、7月5~6日で訪問する予定を立てた。

柔道場の匂いなど懐かしい記憶は、後日語る。今回の主役は、これからの暮らしを考えるために、移住先候補である福津市の視察である。

暮らしやすさを評価する視点で計画を立ててみた。

7月6日(月)朝から、午前9時に博多駅近くで車を借りて、博多駅から都市高速と国道3号線を経由して、福津・津屋崎エリアに向かう。

福津・津屋崎 移住リサーチ視察プラン

【ステップ1:利便性と生活環境の確認】

まず最初は、福間駅周辺を見て回る。

移住後の日常生活を考えるなら、駅前の雰囲気や買い物環境は欠かせない。

今回は、私一人の旅なので、家族に情報という、お土産をたっぷりと持ち帰らなければならない。

【ステップ2:行政の移住者支援と開発エリアの確認】

福津市役所(本庁舎)にも足を運び、移住・定住支援の制度だけでなく、窓口の雰囲気や職員の対応から、この街の「移住者への温かさ」を感じてみたい。私たちのような定年世代の移住にも温かく寄り添ってくれる街であれば嬉しい。

【ステップ3:歴史ある住環境とコミュニティの熱量を知る】

津屋崎千軒(つやざきせんげん)エリアへ移動して昼食を取る。

新興住宅地とは異なる、歴史ある古い町並みや、移住者が多く集まるコミュニティを視察する。

古民家を再生したカフェなどで地元の食材を使ったランチをとりつつ、独特の落ち着いた住環境を体感するとともに、観光・交流拠点の「津屋崎千軒なごみ」で話を聞く機会を設けたい。

【ステップ4:豊かな自然環境と静かな暮らしのバランス】

津屋崎海岸・宮地嶽神社周辺では、豊かな自然がすぐ側にある暮らしのイメージを膨らませよう。海ガメの産卵で有名な津屋崎海岸の砂浜や、地域を見守る宮地嶽神社周辺の環境を確認して、自然の豊かさと、生活圏としての静けさの両立について評価しよう。

【復路:夕方の渋滞と博多へのアクセス確認】

帰宅するべく博多駅へ向かう。65歳以降の博多生活ではあるが、平日夕方の通勤ラッシュも見ておこう。

ここまで計画を立ててきたが、福間駅周辺の利便性が高い新興住宅地と、津屋崎のような古民家や伝統、独自のコミュニティが残るエリアを比較して、ライフスタイル(静けさと自然、都市型に近い利便性)のバランスを、どこにとるか評価してみたい。

定年再雇用となり、働き方も人生の優先順位も少し変わった。

だからこそ、これから住む街には便利さだけでなく、「毎日歩きたくなる風景」があるかも大切にしたい。

さて、この街は私たち夫婦にとって「毎日歩きたくなる風景」のある場所なのだろうか。

その答えを探しに行ってきたい。

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私のセンサー

ヤマザキマリさんのエッセイ「望遠ニッポン見聞録」を読んでいる。

世界各地で暮らし、様々な民族と触れあってきた彼女は、日本との違いや、その土地ならではの価値観を軽やかに描く。

その文章を読んでいると、気付きというのは、変化や比較対象があって、初めて生まれるものなのだと感じる。

とはいえ、比較する材料をたくさん持っているだけでは足りない。

普段の暮らしの中でも、ちょっとした変化に気付く人もいれば、まったく気付かない人もいる。

私はというと、妻や娘が髪を切っても気付いたことがない。

それでも六十年間、なんとか元気に生きてきた。

人間の五感は、同じ刺激が続くと慣れてしまう。

夜、虫の音を聞きながら眠っていても気にならないのに、ふと鳴き止むと「はっ」と目が覚めることがある。

本当かどうかはわからないが、蛙だってじっくり水温をあげていくと茹で上がるという話がある。

音楽家は音の違いに敏感で、画家は色や線のわずかな変化を見逃さない。感覚器の違いというより、脳が「何を大切な情報として見ているか」の違いなのかもしれない。

考えてみると、私は視覚も聴覚も、それほど鋭いほうではない。

自然が好きで、海や森をいつまでも眺めていられるが、それは細かな変化を見つけているというより、1/fゆらぎのような穏やかなリズムに身を委ねているからだろう。

では私のセンサーはどこに向いているのか?

思い起こせば、私の心を動かしてきたのは、いつも物語だった。

風の谷のナウシカ、司馬遼太郎や中島らもの作品、スティング、次元大介、ローマの休日、君の膵臓を食べたい・・・。

ぶれない軸を持つ人にあこがれ、どう生きるかを模索して、「あの人のようになりたい」というメンターとの差分を意識しながら、その差分を縮めるというところに、自分のセンサーは反応してきたような気がする。

福岡への移住を前に、自分のセンサーをもう一度見つめ直している。

この土地で私は何に心を動かされ、どんな人と出会い、どんなふうに変わっていくのだろう。

髪を切ったことには、これからも気付かないかもしれない。

それでも、人の心が動いた瞬間には、気付くことのできる人でありたい。

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食Proへの道① 地域に貢献するための最初の一歩

福岡への移住を考えるようになってから、「自分は地域に何を提供できるだろう」と繰り返し自問してきた。

その答えとして今、私が考えているのは二つある。
一つは苔テラリウムによる癒やし。
そしてもう一つが、6次産業化プロデューサー(食Pro)として地域の商品づくりを支援することだ。

今日は、6次産業化プロデューサー(食Pro)として、地域に関わるための「最初の一歩」を整理してみたい。

どれだけ知識や経験があっても、地域では「知られていない人」に仕事は来ない。

地域コミュニティに参加する場合、もっとも効果的なのは、よろず支援拠点や地元商工会などの専門家登録だろう。

専門家として登録してもらうには、まず地域で顔を知ってもらうこと。

そして、中小事業者の課題を解決できるだけの実力を伝えられることが必要だと思う。

そのためには、これまでの実績を分かりやすく整理し、資格も含めて自分の専門性を説明できるようにしておきたい。

  1. 顔を売るための活動としては、自分の今までの経歴、活動をわかりやすく端的に言語化した状態で、地元の商工会議所などに顔を出して「今、どのような専門家が求められているか?」、「よろず支援拠点」のセミナーに参加して、名刺交換をしてつながっておく。
  2. 資格は、殺菌管理主任技術者、惣菜管理士1級、GCS認定コーチに加えて、食品衛生責任者、食品表示検定中級くらいを足しておく。
  3. 実績について、幸い、これまで食品メーカーではOEM立ち上げ、工場監査、食品安全マネジメントシステム(FSSC22000)の取得、保健所対応などを経験してきた。こうした経験は、地域の食品事業者の課題解決にも生かせるはずだ。

まずは、次に福津に行った時に、商工会や地域の方と話をしてみよう。

「地域で役に立てる事」を探すつもりで歩けばいい。一歩ずつ、自分の道を作っていこう。

楽しくなってきやがった!

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持続可能な家計の設計(大学生の頃を思い出してみた)

2月末で定年退職となり、再雇用になってから、もうじき4か月となる。

大学生と高校生の子供がおり、人生で教育に最もお金のかかる時期だ。

しかし教育費はもっとも効率のよい未来への投資と割り切っている。

この時期を終えてしまえば、収入と支出もバランスしてくるだろうし、それまでを持たせる蓄えもあるので、気にかけないようにしている。

とはいえ、毎月50万円以上の支出となっており、家計の中身をしっかりと把握して、月7万円の仕送りで暮らしていた大学生の頃を思い出して、〆るところは〆ていきたいものである。

当時の暮らしを振り返ってみよう。

1980年代の札幌で、北海道大学に通学していた。

下宿は、共同便所の風呂無し六畳一間。洗濯機もピンク電話も共有。

家賃は光熱費込み18,000円/月。

携帯もパソコンも(卒論を手書きした、おそらく最後の世代)、もちろん車もなくて交通費も不要(通学は自転車)だった。

主な出費と言えば食費くらいだが、当時は食費も安かった。

さっぽろばんけいスキー場では、毎日の為替を反映させた1ドルラーメン(当時1ドル150円くらい)を食べることができたし、学食も300円程度で腹いっぱい食べることができた。

大学生ということで、祖母や伯父夫婦、父母からは、まだお年玉がもらえた。

仕送りの余りとお年玉を、酒代や旅行代に充てれば不足しなかった。

当時は、一尾で腹いっぱいになるようなサイズのホッケが600円くらいで食べることが出来たし、安い焼酎のボトルを入れておけば、1000円/回もかからなかった。

大学時代は、一度も風邪をひかなかったので医療費もかからなかった。

大学寮に遊びに行くと、古新聞・古雑誌の廃棄置き場に、ありとあらゆる漫画雑誌があって、時間潰しにも苦労しなかった。

当時と今を比較すると、家族4人が幸せに安全に暮らす為の住宅費や自家用車に、スマートフォンやWi-fi環境などを加えた生活インフラを維持するための費用が全く異なることに気づく。当時も今も楽しいが、今の支出は、「責任の重さ」によるものであろう。

担げるものが多くなったのだと誇ろう。

楽しかった学生時代を思い出すと、「あれがないと暮らせない」と思っているものの中にも、案外なくても困らないものがあることに気付く。

食費を少し工夫し、図書館や無料動画も活用する。

小さな積み重ねなら、今からでもできそうだ。週末は、図書館に行ってきた。

健康に気を付けながら、この時期を楽しく乗り切っていこう。

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