
「君が代」で、「千代に八千代に、さざれ石のいわおとなりて、こけのむすまで」と唄われている。
これは、神話的なイメージだけでなく、地質学的な時間の重なりとして読むこともできる。
石灰岩から溶け出した炭酸カルシウムを含む水が、細かい石の間に流れ込む。
そこで水分が蒸発したり、圧が加わることで、再度結晶化(セメント化)して、石は次第に石灰質礫岩へ変わっていく。
とはいえ、小さな石が大きな固まりとなるまでには、大変な時間がかかるのも事実で、岐阜県揖斐川町にある、「君が代」のモデルになったとも言われる石は、数万年~数十万年の時が経過しているそうである。
苔は、古くから「時間を可視化する存在」として文学にあらわれてきた。
万葉の時代から、苔が「岩と水と緑」の構図の中で繰り返し現れて「悠久の時」を暗示する。
中世になると、苔は幽玄・侘び・さびの具現としても扱われる。
明治・大正・昭和の時代になってくると、「岩と水と緑」などの俯瞰した構図だけではなく、苔にフォーカスした写実描写(石獣の口中苔の花ざかり/加藤憲曠)も目につくようになる。
私の思うに、苔は雪のようなもので、雪景色を楽しみながら顕微鏡で大きくのぞくと様々な雪の結晶構造が美しいように、目の前一杯に広がる苔生した森に感嘆しながら、透明感のある葉の上で水玉がキラキラと光る美しさも鑑賞する楽しさがある。
「悠久の時」を感じる作品、「生命の躍動」を感じる苔テラリウム作品を作っていこう。
そして、その感動を血肉化した自分の言葉で語りかける苔のワークショップへと育てていきたい。
作品作りと言語化を往復しながら、表現を磨いていきたい。
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