
今日はとても忙しかった。
会社の会議で1時間ほど時間をもらって講習したり、勤務開始前の自己啓発セミナーで早朝スピーチの順番が回ってきて3分間しゃべったりに加えて、ルーティーンの仕事もたくさんあった。
15年前であれば1日かけて1個打ち返せるかどうかと言うことを一日で15件はやった様に思う。
テレワークということもあって通勤の不安がないので、19時頃まで残業してすべて打ち返した。
肩の力を抜いて自由もやればよいと言っていた。
レモンの蕾みが鳥にやられてる。対応必要だろうか?

家族・書・食・酒を愛する楽しい暮らしの記録

今日はとても忙しかった。
会社の会議で1時間ほど時間をもらって講習したり、勤務開始前の自己啓発セミナーで早朝スピーチの順番が回ってきて3分間しゃべったりに加えて、ルーティーンの仕事もたくさんあった。
15年前であれば1日かけて1個打ち返せるかどうかと言うことを一日で15件はやった様に思う。
テレワークということもあって通勤の不安がないので、19時頃まで残業してすべて打ち返した。
肩の力を抜いて自由もやればよいと言っていた。
レモンの蕾みが鳥にやられてる。対応必要だろうか?

この4月から朝活を始めていて金曜日の夜には朝4時に起床して出かけている。
電車通勤で普段利用している駅前のビルで5:30からやっている。
メインの内容は講師が30分ほど講話を行い、聴衆は講話後に感想を言い合うという会なのだが、講話の前の3分間スピーチというものがあって、こちらは会員が持ち回りでやっている。
今週の金曜日に入会後初めてのスピーチが回ってくる。
初めてなので自己紹介をメインにスピーチするつもりである。
3分というと900字くらいの文字数になるので簡単に原稿に書き起こしてみることにする。
実際に書き始めると、300字も2000字もすんなりいけるのだが900字が意外と難しい。
よっぽどメリハリをつける必要がある。
週一の早朝を固定することで他の曜日の生活リズムもよくするという目的以外にコミュニティ作りも目論んでいる。
これからも定期的にスピーチが回ってくるだろうから、今回は社会に出た後今の会社にお世話になり三重に居を構えるまでのことなどを話そうと思う。
そのうち趣味の話もしていきたい。
そんなことを考えながら黄色くなりかけた葉の下で緑を帯びかけている馬鈴薯に土をかぶせる。
帰宅後に軽く畑仕事ができる日の長い季節になってきた。

5月上旬のブログで通勤途中に見つけたツバメの巣の写真をアップロードした。
もう雛がかえっていてにぎやかにさえずりながら親ツバメが餌を運んでくるのを見ていた。
同じ頃に会社の勤務しているビルの軒下にちょっとした土塊があってツバメがよってきていたが一向に巣を作る気配もなかったし、雛がかえっている巣もあるので巣を作ることはないのだろうと思い込んでいた。
しかし5月下旬の土日を挟んで出勤してみると一気に巣ができていた。
巨砲のような形をした面白い巣で頭で知っているツバメの巣とあまりにも違うのでびっくりした。
調べると日本には6種類のツバメが来るらしい。
この巨砲のような巣を作るのはコシアカツバメというらしい。
ツバメよりも熱帯域に住んで渡来も一ヶ月ほど遅いということでなるほどである。
普通のツバメと違い集団営巣するそうなので当分にぎやかになりそうだ。
たっぷりと楽しませてもらおう。
意識して自然を見るようにするとびっくりするくらいものを知らない自分に気付く。
少しずつでも自然のものに親しみを深めていきたい。

朝起きると3匹飼育している金魚のうちの1匹が腹を上にむけてプカリと浮かんでいた。
今の会社に転職してすぐの単身赴任していたころに無聊を慰めてくれていた金魚だったのでさみしい気持ちになった。
単身赴任中に遊びにきた娘が夏祭りの金魚すくいで掬ったものだ。
かれこれ6年目に突入していたのだがこの春に白カビ病を発症していた。
塩浴をさせて一度は元気になったようにも見えたのだが残念だった。
朝のバタバタした時間に発見したので家内に庭に埋めるよう頼んで出社する。
帰宅すると埋めた場所に花を添えていてくれたので手を合わせてお別れをする。
残った2匹を大事に育てていきたい。
そんな時でも用事は用事としてあり、梅シロップを作るためにアク抜きしていた梅を一つ一つ拭上げて焼酎を回して氷砂糖と一緒に仕込む。
三週間もすれば楽しめるはずだ。
金魚を掬った娘たちとおいしくいただこうと思う。

今日の昼飯はキッチンカーで販売しているタコス・タコライスを購入して食べた。
近所の表具店が三日ほど前に開店して、開店祝いとして店前・店中にキッチンカーや占い、小道具作りなどのマルシェにありがちな店舗を呼んだのである。
表具店の隣は家内が勤務するエステサロンであり表具店と協同開催のマルシェだったので義理立てもかねての昼食となった。
昼飯を買いに行きがてらしばらくぼーっと見ていたのだが、すごく文化祭的でほとんどのお客さんが勤務する人たちの知り合いであり彼らが購入していくという知り合い同士のコミュニティの中で循環しているという感じだった。
商売をやっているどうしであれば明日は別の何かを仲間内のところに購入しにいくのだろう。
お金が動くと税金などの形で目減りしていくのだが、ここにサラリーマンなどのお客さんが一定のお金を落としていって、身内経済圏が成立するのであれば悪いモデルではないなと感心した。
ずっとある構図なのだろうが家内が自営業のところでパート勤務を始めていて今日も勤務しているのだが昼食を食べにくるようにラインで誘われて初めて気付いた。
多様化がうたわれる現在の世では身内経済圏を強化していくことは意外と健全な形かもしれないと思った。

今日は久しぶりのテレワークだった。
毎日処理していかないと少しずつ積み重なっていく仕事なのでGW・盆・正月といった長い休みをあけてしばらくは息をつき間もない忙しさになる。
普段は週に一回テレワークをしているのだが余裕が足りずに会社に出ていた。
なんとか一息ついたところでのテレワークだったので嬉しかった。
在宅での仕事の時は会社では味わえないリラックスした感じで昼休みに庭いじりなどの家事をできるのがいい。
今日は途中日光を浴びたくなったので休み時間に庭で草引きをした。
蛙や実のなり始めたトマトなどを愛でて過ごした。
子供は自然の多いところで育てたいと思っていたが、最近は虫を嫌って人工的な世界に入り込みがちで、親ばかりが自然に親しんでいる感じだ。
それでも子供がもっと小さな頃は里山のイベントに連れて行って川でミズカマキリを捕まえたりしたのだが、そういった思い出がどこかに残っているに違いない。
通学しているだけで森林浴ができる場所で暮らした意味はきっとある。
大きくなった後、都会暮らしや田舎暮らしなどのいろんな選択肢があることを覚えておいてもらえれば良いと思う。

通勤途中の麦畑で冬小麦の収穫が近づいている。
金色にきらきらと光り始めていてとてもきれいである。
金の麦は幸福の象徴としていろいろな絵画や映画や小説、漫画などで描かれてきた。
ゴッホの油絵にも有名なものがあったと記憶している。
風の谷のナウシカで、「そのもの青き衣をまとい金色の野におりたつべし」という古き言い伝えの再現としてナウシカがオームの触角の上を歩いている有名な場面があった。
あの場面も麦畑をイメージして描かれているのだと思う。
樹なつみという好きな漫画家がいるのだが彼女の作品で「OZ」という核戦争後の未来を描いた漫画でも憧れの風景として麦畑が描かれている。
日本人の場合、米が主食であり、私も子供の頃から麦畑を見るよりは水田で稲穂を見ることが多かったように記憶している。
麦畑を見慣れている訳でもない筈なのに心がほっとする。
遺伝子に組み込まれた幸福の風景なのかもしれない。
金が金属の中で特別な地位を占めているのも希少性だけでなく人が美しいと感じる色をしていることが大きいのだろうが、美意識のおおもとは収穫期の麦色から来ているような気がする。
朝からいい気持ちになれた。
眼福である。

「第三の波」を読み進めている。
時代を大きく返るうねりを波に例えて歴史を読み解き、未来を予想する本である。
第一の波は人類が狩猟生活から農耕生活にわかっていったタイミングであり、第二の波は産業革命である。
産業革命による大量生産・大量消費を成立させるために、規格化・専門化・同時化・集中化・極大化・中央集権が進みながら産業社会が構成されてきたことをとく。
私がまだ14歳だった1980年初版の本である。
第三の波は情報革命による脱産業社会の到来のことだと唱えている。
GAFAMの創業前後に書かれた本であり、2022年の今も本書で予言された第三の波がまさに進行していることが実感できる。
どのようなものの見方を獲得すればこんなに先が読めるようになるのかと関心する。
第三の波では多様性が強調されており、規格化・専門化・同時化・集中化・極大化・中央集権と対立する概念に世の中が進んでいると思う。
集中をやめて分散してグローカルの動きが進んでいくのだろう。
一方で消滅する地方自治体の話も相変わらずかしましい。
インフラ維持に必要な人口、メタバースにどこまでのリアリティを期待してよいか、老後の自分に必要なエネルギー量の見積もりと入手手段などの制約条件を加えて老後の終の住み処をどこに構えるかなどの今後の生き方を深く考えさせるきっかけとなる良書であった。
社会に出て直後の30年以上前に当時の専務が課長以上を集めて「第三の波勉強会」なるものを開いていたので購入だけして本棚に眠らせていたがこのタイミングで手に取ることができてよかった。
時代が追いついてきたことと私自身の読解力の向上でやっと良さがわかった。

昨日に引き続いて梅干し作りのはなしを書く。
今日は突発の仕事が飛び込んで1時間30分ほど残業して帰る。
家で夕食をとったあと一晩水にさらしてあく抜きした梅を水切りして布巾で水気を取ってから焼酎で洗う。
昨年の梅干しを漬けるのに使い、そのまま梅酢を入れていた広口瓶の梅酢をペットボトルに移して小梅・塩と重ねるように漬けていく。
広口瓶の蓋には去年梅を漬け込んだシールが貼ってあった。
2021年5月20日だった。
今日は5月17日であるから、日付を意識せずに販売されていた小梅を買ってきて作業したわりにはわずか3日しか違わない。
大きなスパンでは氷河期がきたり温暖化が進んだりしているのだろうがつくづく自然というのはたいしたものである。
三日違いで昨年と同じようなことを繰り返しながらきちんと年齢は一つ重ねている。
一昨年よりも去年よりも段々と手際がよくなっているのがわかる。
緩慢ながらも成長していると実感するのはうれしいことである。
仕事が忙しかったところに家仕事も一つこなした。
一粒で二度おいしい感じの良い日であった。

ここ何年間か梅干しを漬けている。
今年も梅干しを漬けるシーズンになり、近所のスーパーで販売されていたものを購入してきた。
大ぶりの南高梅ではなく小梅を使っている。
私のお弁当にちょうどよいサイズで2kg漬けるとほぼ一年間まかなえる勘定になる。
今年は上の娘が高校に進学して学校給食からお弁当に変わったので3kgつけてもいいところだが例年通り2kg仕込むことにする。
今日はヘタをとって水に一晩さらしてあく抜きをするところまで行う。
ヘタを取り終わる頃には梅の峻烈な香りがすっかり指先に移っている。
歯磨きなどいろんな作業の間、香りを楽しめて良い気持ちになる。
家内は家内で昼は庭の草取りに一所懸命だったそうだ。
日常で使う時間に自然とふれあう時間が多いのは幸福なことだ。
ゴールデンウィークから少しお酒の量が増えていたので今日から少しの間禁酒することを決める。
週末に図書館で「夜と霧(V.E.フランクル)」を借りてきた。
ずっと気になっていた本である。
禁酒の夜につきあってもらうことにする。
飲みながら読むには重たい本なのでちょうど良い。