5年後の福岡移住に向けて(~晴耕雨読~)

今日から6月である。私の住む三重県では、例年6月6日頃に梅雨に入ることが多い。

定年後の自立した(分業的でない)暮らしを構想する参考として、定年後の暮らしの理想像の一つとして語られることの多い、晴耕雨読について考えてみる。

昨日、一昨日の週末は、晴れ上がった良い天気だった。
その一方で、雨の日の過ごし方に向いた、屋内作業の時間も多く取ることができた。

この土曜日は、朝から床屋に行った。
店長さんが腕も気質も良い方で贔屓にしているのだが、家からは少し離れている。床屋は海に近く、近所に市場がある。

自立した(分業的でない)暮らしの参考になるかもしれないと思って、妻を誘って市場によることにした。
髪を切ってさっぱりした後、近くで時間をつぶしてもらっていた妻と合流して、市場に行った。

真鯖、鰺、真鯛が各1尾に、ムツの幼魚とシロコダイが2尾ずつ入っているトロ箱を1000円で購入した。

釣りを生活の一部に組み込もうとしているので、魚を捌くことになれておく必要を感じての行動である。釣り方より捌き方から入るところが、楽観的かつ食いしん坊の私らしくてよい。小ぶりのシロコダイを除いて、全て3枚におろした。

・サバは、塩焼きとアラをみそ汁に。
・アジとムツはフライに。
・真鯛は、カルパッチョと吸い物に。
・シロコダイはワタを取って、後で煮つけにする予定だ。

二日間の食卓を、魚のメニューで埋め尽くした。

朝昼晩と料理していると一日は早い。
雨の日は、凝った料理を作るのもいいなという思いと合わせて、毎日食事を作ってくれる妻への感謝の気持ちが湧いた。

床屋帰りの市場通いを月1回のイベントにしようと話し合った。

日曜日には、近所で開かれているマルシェに行った。

私も苔テラリウムで出展しようと申し込んだが、抽選に漏れた。

250を超える店舗には、知人も何人か店を出していて、私も次こそという思いを新たにして家に帰ってきた。

マルシェで抱いた思いのままに、苔テラリウムの土台として利用する為の、押出発泡ポリスチレンを加工して過ごした。

「晴れの日に外で刺激を受けて、雨の日に家で熟成・加工する」

5年後に移住を目指す福岡の地でも、そんな風に自然のリズムに寄り添いながら、暮らしを形作っていきたい。そんな未来を思い描いた。
#福岡移住 #福津市 #ライフプラン

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自立した(分業的でない)暮らしの為に!~福岡への道~

先日のブログで、移住先でやりたいことをピックアップした。

その上で、憧れだけで何も知らないまま移住するのではなく、移住した時点で最低限の知識・経験を持っている大切さについて、将棋クラブを例えにして記述した。

移住先で、ゆるやかなコミュニティを発見・所属する上での最低限必要な準備なのだと思う。

やりたいことの中で、最も経験値が少ないのが、釣や猟などの動物的タンパク質の自給自足だ。

過去の動物的タンパク質の自給自足経験は、数えるくらいだ。

友人に誘われて鰺やワカサギを釣りにいったことがある。
鰺は、釣り船を出して、魚群探知機を使ったものだったので、それなりの釣果があった。
鰺以外にも小型の鰹やカワハギも釣れた。戻ってからの友人宅での飲み会は盛り上がった。
当時は、ネットで直ぐ検索できる時代ではなかったので、四苦八苦して三枚に下ろした。

ワカサギの時は、氷に穴をあける道具も持たずに行って、誰かが見切りを付けた穴に糸を垂らしただけだったので、半日粘っても、私は一匹も釣れなかった。
3人で行って、釣果は1尾。
コッフェルに油を入れて、素揚げした小さなワカサギを分け合った。
あれはあれで美味しかった。

大学時代は、北海道にいて2度ほど海に行った。
一回は、石狩浜で、もう一回は厚岸海岸だった。
北海道は夏が短く、学校で水泳の授業が無いためかカナヅチの人が多い。
5mも素潜りをすると、ウニやなまこが取り放題で砂浜で大いにいただいた(当時は、漁業権という言葉もしらず、取って良かったのかわからないが)。

あとは、家で飼っていたニワトリの卵を食べるのと、潮干狩りに何回かいったくらいだ。

いずれも良い思い出だが、若い頃は平日も週末も何かと忙しくしていて、土日の時間を釣りに投入するようにはならなかった。

ジビエは好きで良く食べていたが、狩猟に関しては、完全な素人である。

釣りか狩猟のいずれかは、やりたいと思っている。

先日のブログで、狩猟免許の講習会を申し込んだ事を記載した。
6月に講習会、7月に免許試験があり、私は罠猟で申し込んでいる。

釣りも、近所の釣り屋さんに顔を出して、この5年間で趣味の一つに加えていきたい。

昨日は、海に近い市場に行って、トロ箱1つ1000円で購入した。マサバ、鰺、真鯛が各1尾に、ムツの幼魚とシロコダイが2尾ずつ入っていた。明日は、調理した感想も記していきたい。

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自立した(分業的でない)暮らしの為に!~福岡への道~

老後の移住先として福岡県を第一候補に決めた。

先日のブログで、移住先でゆるやかなコミュニティの一員として認められる為には、ギブから始めることが大切だと考えて、ギブ出来そうな強みをリストアップした。

今日は、やりたいことを整理してみたい。

ギブ出来ること(強み)とやりたいこと(望み)を各々リストアップした上で、(強み)×(望み)が、バランス良く実現出来そうな場所を福岡の中で探していけばよい。

そのためには、既に私の幸福の為に、必要不可欠なものとしてあげた、【自然のある暮らし】、【できる限り、自給自足に近い暮らし】、【大切な家族と共に過ごす日々】という、いささか抽象的な言い方を、直ぐ行動に移せるような具体的な内容(What)に置換していく必要があった。
すると晴耕雨読の生活が浮かび上がるような内容になった。

  1. 日々の散歩コース(徒歩圏)と週1回程度の、ストレスを感じない距離のドライブ(20分程度)によって海と山が堪能できること。徒歩でいく場所、車で行く場所については、いずれが海で、いずれが山でも構わない。
  2. 主食(米、小麦など)を除く、野菜類を家庭菜園で何とか自給したい(お米や不足部分は、野菜や他の貢献で物々交換)。
  3. 釣りや狩猟などで、何かしらの動物性タンパク質を自給していたい。
  4. 井戸か雨水などをうまく活用して、暮らしに必要な水を確保できることに目処が立った状態を作りたい。
  5. 今、三重でやっている、苔テラリウムのマルシェや物販をより一層発展させること、ブログを通じて思いを届けるなど、ゆるやかなコミュニティに属する上で、要になりそうな、情報発信活動を継続していたい。
  6. 毎日、妻と楽しく暮らして、年に1~2回以上は子ども達が帰ってきて、幸福そうな近況を報告してくれることを喜びたい。
  7. 気の置けない友との交流など、1ヶ月に1回は、やや都市の匂いのする場所に身を置いていたい。

・・・・沢山あるが、(望み)に関しては、ギブではなく、テイクがかなり勝ち越している感じだ。

お互い様の関係を存立させる為に、他でギブするにしても、テイク部分について最低限のレベルに達した上で移住したいものだ。

日本中の将棋クラブに、羽生善治が遊びに来たら、クラブをあげて大歓迎だが、ルールも知らない60過ぎの男が、「一からルールを教えてくれ」とやってきても迷惑なだけだろう。

そんな自覚のもとに、移住後の暮らしを想像してはキョロキョロしている。移住後にやろうと思っていることについて、少しでもレベルを上げていきたいと思う。

最終的に、やるかやらぬか本人でもわかっていないが、6月には、狩猟免許の講習会に参加する予定である。

迷走しているなと、我ながら思うが、そんな自分が嫌いでもない。色々と物思い、あがく日々を続けよう!

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自立した(分業的でない)暮らしの為にどこに住むか?福岡にたどり着いた理由

移住先を検討中である。

自立した(分業的でない)暮らしといっても、ロビンソン・クルーソーをやりたいわけでも、出来るわけでもない。自然災害や戦争などで、グローバルネットワークが切断されて、物流が機能しなくなった場合でも生存できる、レジリエンスの強い地域に住んで、その中でコミュニティの一員として認められていることを目指すのがよいと考えている。

また自然が大好きではあっても、実家のある横浜を皮切りに、札幌、東大阪、千葉、上海などと暮らしてきたので、都会の喧騒にも未練がある。

移住先を検討するには、当然、家族の希望も聞かねばならない。妻は8歳年下であり、男女の平均寿命の違いを足し合わせると、私が天寿を全うしたあとに、統計的には15年くらい一人で過ごす時間があるだろう。彼女は、私に付き合って千葉や上海、横浜と居場所を転々として、今は三重に落ち着いているが、もともとは鹿児島の人間である。地縁血縁は九州に多い。

また大学と高校の娘二人が、社会に出て自分の力を試す場所として、東京や大阪、海外を選ぶ可能性は高い。どこで働いていてもアクセスしやすい場所がよい。

自給自足的レジリエンスの強さ×都会の便利さ×妻の縁×帰省のしやすさ=???

家族会議の結果、福岡を軸に探すことになりそうである。

私にとっても、大学時代の柔道の試合や、勤めた会社の工場が福岡にあったりして、なじみのある場所だ。安くて美味しい食べ物も多い。老後が楽しみになってきた。

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ゆるやかなコミュニティに入る為のアクション(ギブから入る)~2~

ゆるやかなコミュニティに入る上で、コミュニティに対して、どんなギブができるのか、大学・社会人生活で培ってきた、私の強みを掘り起こしてみる。

私が目指す、自立した生活とはどのようなものかについて、まだ明確に意識化できていないが、まずは強みをピックアップしておこう。

その後に、私の目指す自立した生活やゆるやかなコミュニティで求められるギブと、私の強みを突き合わせて、必要なものを残していけばよい。

大学では、理学部生物学科植物学を専攻した。

柔道ばかりの不良学生であり、卒論のテーマは、当時はやっていた分子生物学(バイオテクノロジー)に関係するもので、野山で見かける植物の名前などは、まったくもって心もとないが、自然好きを公言して、苔テラリウムを作っていくための箔付けにはなる、植物学士である。

大学を卒業してから60歳までの間に、3つの会社にお世話になってきた。

一社目の加工食品メーカーには、24年間お世話になった。

商品開発を18年間行った後、中国上海の現地法人に、技術部門(製造、開発、設備、品管等)の200人を束ねる現地責任者として出向して、工場の運営やマネジメントを経験した。

日本で加工食品の開発を行う際に、料理の素養が求められた為、会社の指示で料理学校にも通った。

開発する商品の特徴から、香辛料の使い方はわりと得意なのではないかと思う。

現在も、週末の昼食・夕食は、私が担当することが多い。

惣菜管理士1級や殺菌管理主任技術者の資格に、食品の表示なども作った経験があるので、農業の6次産業化などで何か役に立てる事もあるかもしれない。

中国では、現地で別法人を経て、最後は中国ホールディングスの品質保証責任者などを担当した。
6年間の駐在員生活だった。当時は、中国語を話していたが、こちらはすっかりさびついて、ギブできる気がしない。

二社目は、完全人工灯型の植物工場ベンチャーである。

中国に赴任中に、ちょっとしたご縁があって、生産を統括する役割でお世話になった。

採算ベースに乗る前に、資金がショートして会社更生法の適用を受ける形になった。
力が及ばなく、忸怩たる思いが残る。

しかし、植物工場でレタスを栽培している光景の美しさとともに、当時の最先端の農業に挑んだ経験は、一つの強み(ギブできる知見)といえるだろう。

三社目は、三重の菓子メーカーである。

小学生二人を抱えて無職になってしまったので、あわてて職探しをして運良く拾ってもらった。

品質管理室、お客様相談室を管掌して、定年を迎えた。

食品関連の技術的な知見やカスタマーサービスの経験も生かせるに違いない。

こうして振り返ると、私の歩みは『食』と『植物』、そして『組織のマネジメントや品質管理』という軸で一貫していたのかもしれない。

次回は、ここまでの歩みと『これからの自立した暮らし』にどう結びつけていくか、妄想を膨らませていく。

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