なりたい自分を探してる

日曜日のコーチングの受講に向けて、送られていたテキストを読んでいる。

予習として、テキストを読んで素人なりに自分の本音を掘り下げておく必要がありそうである。

掘り下げてみると意外な結果が浮かび上がってくる。

もともとコーチングはナリタイ自分を明確にしてナリタイ自分に向けて自分を成長させていくものだが、私はナリタイ自分を自給自足している自分として設定していた。

山を購入し養鶏や炭焼きまで手を広げて衣食住を可能な限り独力で賄うイメージである。

自分を棚卸してナリタイ自分を明確にしていく過程で【自給自足したい】ということが【自立したい】と≒なのではないかという疑惑が出てきた。

大きな会社の中で、R&D、製造、営業といった直接部門に加えて間接部門も多数あり全体像が見えづらいる中で、全てを見渡せて自分の腕で食べている確信が欲しいというのが自分の本当の気持ちなのではないかという疑問である。

上記の意味での【自立したい】は個人事業主のことではあるまいか?

これは難しい。

コーチングを学びながら熟考して、本当に死ぬまでにやりたい10のことをチューンアップしていこう。

今日の写真は通勤途中にある柿の木。

葉が落ちて実が目立つ形でなっている。

果実のなる庭木の中でもひときわメジャーな柿の木だ。

季節の風物詩。

幸せな風景。

カウンセリングとコーチング

コーチングのテキストを読みながら気になったのでコーチングとカウンセリングの違いを調べた。

カウンセリングは弱った心を立ち直らせるためのものでコーチングは心を前に向かせるためのものである。

平常な状態をゼロとした時にマイナスをゼロに戻すのがカウンセリングで、ゼロをプラスに向かうよう手助けするのがコーチングということになる。

したがって、カウンセリングは過去の問題に焦点をあてることになるし、コーチングは今を見つめなおし、アイデア、強みを引き出し未来の目標達成をサポートするということになる。

カウンセリングはフロイト的でコーチングはアドラー的とも感じる。

一人の人に対した場合、カウンセリングでゼロに戻してコーチングでプラスにもってくというような感じで地続きもありなのだろうか。

よくカウンセリングで涙流して生まれ変わったという、劇的ビフォーアフター的な話を聞くが、コーチングも同じであろうか?

マイナスからゼロにむかった距離とゼロからプラスに向かった距離が同じでも、マイナスからゼロのほうが実感としては大きくなりそうな気はする。

カウンセリング並みにコーチングで心をゆさぶることができたら楽しそうである。

カウンセラーとコーチは適性としては同じなのだろうか?

色々と疑問が浮かぶが、日曜日には講習が始まる。

そういった疑問にも答えを出していけると思うと楽しみである。

今日の写真は、通勤途中で見かけた皇帝ダリア。

3mを超えるサイズで、何ていう名前の木かと思って調べたら、多年生の草本だった。

ものによっては6mを超えるものもあるということで驚いた。

見上げる高さで咲いているから皇帝なのだろう。

コーチングクラスのテキストが届いた

今日はテレワークである。

いつも通り、6時に起床して新聞を読みながら朝食を食べた後、二度寝をする。

8時半に起き出してパソコンを立ち上げ9時からの仕事の準備。

9時前に少し時間があったので金属ゴミを出しに行く。

二度寝の最中に子どもは学校に行っていた。

仕事に向かう家内を見送る。

午前中にZOOMの会議を一つこなし、メールを打ち返したりしている内に昼休みに突入。

おろしたてのヘッドセットの調子は良好だった。

昼は近所を散歩して陽を浴びる。

帰りにポストを除くとコーチングのテキストが届いていた。

このブログでも無料コーチングの体験講座を受講したことを書いてきたが人生を楽しく暮らしていくための方策の一つとしてついにコーチ認定資格の取得にチャレンジすることにした。

コーチ資格を取得して、自分も含めた沢山の人にやりたいことをやり、なりたい自分になることを支援することができるための技能を獲得すべく時間を投入していく。

今日の写真はパンジー。

家内がプランターにチューリップの球根を植えていたが、春まで休眠しているようで冬の間がさみしいとのことで球根の上からパンジーを植えたそうだ。

自然界でも球根植物とそうでない草花が共生する様子を模式化した形で観察出来たら面白い。

二年ぶりに風邪気味

朝起きると少し咳が出てやや風邪気味の症状を呈していた。

熱はないものの風邪らしい症状がでるのはもしかすると二年ぶりかもしれない。

移動や飲み会を自粛しマスク・手洗い・うがいを励行することはやはり風邪予防に有効なのだろう。

コロナが落ち着いても、予防処置の有効性は覚えておこう。

明日は週に一度のテレワークなので遅くまで寝ていられる。

夜は温かくしてたっぷりと寝ることにして一気になおしてしまおう。

晩御飯は豚肉の生姜焼き。

上の娘は部屋で通信教育の授業、下の娘はチアダンスで家内はそのおともで不在である。

ユーチューブで【ひろゆき】を聴きながら一人で食べる。

子どもが大きくなるとそんな日も増える。

それもまたよし。

今日の写真はムラサキカタバミ。

写真を撮影すると名前を教えてくれるアプリケーションソフトによるものだが、同じ名前でグーグル検索すると花の時期は5~7月とあるので似た違う花かもしれない。

ムラサキカタバミについて書くと江戸末期に観賞用として持ち込まれた南アメリカ原産の特定外来種らしい。

見かける草本の外来種率の高さにはいつも驚かされる。

久しぶりの二日酔い

今日は久々のきつめの二日酔い。

法事で昼間から飲み始めて津への帰り道も飲んでいた。

長時間飲み続けるのが一番よくない。

なんだかんだでコロナのおかげで健康になったなと実感する。

今日から禁酒して生活を立て直そう。

充実した毎日を送るためにもお酒は控え目にしよう。

とはいえ今日の仕事は軽く流すことにする。

酒を控えるといった決心もそこそこに、お酒の話で恐縮だが姪が成人した時に飲むことを想定して妹が梅酒を漬けるといっていた。

次の夏に着けると成人の時に三年物になるはずである。

いいアイディアなので私もやろうと思う。

長女の分は五年物、次女の分は八年物になる勘定である。

さぞ琥珀に色づいたコクのあるお酒になることだろう。

そのころには還暦をこえてくる。

今の会社にいるのか新天地を求めるのか考えどころである。

お酒とともに老後の生活設計も自分の中で熟成させていこう。

写真はアゲハチョウの幼虫。

レモンについている。

指でつつくと角が出た。

レモンを丸裸にするほどでもなくもう少しでサナギになりそうな感じもするので放っておく。

九品仏浄真寺

今、新幹線に乗って名古屋へ向かっている。
自由席の乗車率は約8割。
二人席に一人で座っている乗客が当然のように荷物を置いて一人で占有しており空席はない状況。
溢れた時にどう挙動するか興味深い。
無事、伯父の二十三回忌を終えた。
子供の頃の法事といえば大人が神妙な顔をして意味のわからないお経を聞いている風景が異常で座っていてシュールさに笑いが止まらないものだったが、歳をとるとお経がありがたく聞こえるから不思議なものだ。
人は変わるという好例だろう。
法事の後は親族で会食。地方公務員の従弟は自粛期間中とのことで欠席。
公務員も大変だと言いながら飲酒。
外飲みは二年ぶりくらいだろう。
昨日は実家に泊まる。
自分用の部屋もないので母と相部屋である。
夜中、母の寝言で目覚める。
ずっと笑っていた。
以前の寝言は戦時中に空爆で焼け出された時の記憶などで悲鳴めいたものが多かったが、今、笑い声であることがとても嬉しい。
俺もそうなりたいものだと強く思う。
今日の写真は菩提寺である九品仏浄信寺の庭園である。
昔は駆け回って銀杏など拾い放題だったが今は立ち入り禁止になり眺めるだけになった。
やや寂しい気持ちはあるが眼福であった。明日からまた仕事を頑張ろう。

久しぶりの実家

今日は久しぶりの遠出で、三重県津市から実家のある横浜市に移動した。

毎日ブログを書いているのでパソコンを持って行こうとしたら、家族に困るといって止められた。

アイフォンでやろうと思い、テキストを探したら見つけられなかったので調べるとGoodReaderというアプリがよいと出てきたのでダウンロードする。120円だった。

今日のブログは携帯からである。

こうやって日々少しずつ新しいことを身につけていけるのは良いことだ。

10時46分発の名古屋行き特急は乗車率50%を越えるくらい。

コロナ前と変わらないイメージ。

名古屋駅できしめんを食べた。

行列に並んで二年ぶりのきしめん。

12時08分ののぞみ自由席は、こちらも乗車率50%といったところか。

家に帰る前に新横浜からバスに乗ってトレッサによる。

日本撤退前のエディバウアーでジャケットを仕入れる。

家に帰り姉達と酒盛り。

懐かしい日々。

楽しかった。

酔い潰れたので、この時間に投稿する。

今日の写真は出掛けに撮影した庭のレモン。10個くらいの実がなっていて少し黄色に色付き始めた。

11月から旧正月にかけて収穫していこう。

明日は横浜(二年ぶりの新幹線)

週末である。

今月に入って初めてのお酒を飲みながらほろ酔い気分でのブログになる。

明日は伯父の法事で久しぶりの横浜である。

2019年のお盆以来、2年以上ぶりの帰省である。

今回は私一人の帰省となる。

上の子が高校受験なので、おそらく次に家族で横浜に行くのは2022年の3月になりそうである。

沖田艦長ではないが何もかも懐かしい感じである。

伯父の法事の施主は90を過ぎの伯母であり、貴重な時だと噛みしめながらたっぷりと楽しむことにする。

今日の写真はオンブバッタ。

前回、撮影しアップさせた時はメスもオスもきれいな緑だった。

今回は背中に乗っている雄が茶色になっていた。

バッタも保護色なので茶色くなっていること自体は不思議ではないが、オスとメスでこれだけ色が違うとは。

意外とオンブバッタも離れている時間が長いのかもしれないと思った。

【小説の読み方の教科書(岩崎夏海)】を読んで

この間の土曜日に岩崎夏海作の【小説の読み方の教科書(潮出版社)】という本を図書館で借りてきた。

岩崎夏海は【もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら】の著者である。

著者が【小説の読み方の教科書】を書いた動機は二つある。

二つとも【もしドラ】が大ベストセラーになった時のエピソードに端を発している。

一つは、書評で「【もしドラ】は《マネジメント》を学ぶための本ではなく《マネジメントの読み方を学ぶ本》である」という一説を見つけたことで、もう一つは著者に届く【もしドラ】への批評の多くが見当違いのものが多かったということである。

そして著者は自分の強みが正しい本の読み方にあると気づき、皆に正しく本を読めるようになってほしいとの願いを込めて、この本を書いたのだという。

本書は著者の読書遍歴から始まる。

小学生時代に【ドリトル先生】と出会い、現実から空想の世界へと入り込み、想像をたくましくする訓練を積んだ。

中高生時代は筒井康隆に夢中になり、小説の面白さの多様性と小説でしか味わえない種類の楽しさがあることを学んだ。

大学時代に【百年の孤独】に衝撃を受けて、【百年の孤独】のような本を書くことが人生の目標になったとのことである。

その後、【百年の孤独】に強い影響を与えた【ドン・キホーテ】にたどり着く。

著者は全ての近代小説の原点に【ドン・キホーテ】があり、夏目漱石などもその影響を受けたと言う。

そして【ドン・キホーテ】から派生した小説の一つで、本の読み方を学ぶのに最もよい教科書として、マーク・トウェインの【ハック】をあげる。

【ハック】を引用しながら読書の作法を次のようにとく。

①結末を探るような読み方をしない。その為にも最低二回はその本を読む。

二回目以降では結末に気を取られることなく、言葉で書くことのできない、五感で感じるしかない何かを行間から読み取るような読み方をすること。

②醜さたっぷりのトム、ハック、ジムを描き切ることで清濁込みの人を愛することができるようになることを学ぶ

③本に込められたモチーフを浮かび上がらせながら行間を読むための再読の進めなどである。

【ドリトル先生】~【筒井康隆】までは似たような遍歴だったが、それ以降で清濁込みで登場人物を丸ごと愛するような読み方は出来ていなかった。

勉強になった。

意識しながら、今後の読書に活用しよう。

今日の写真は家に飾ってあった花。

新規にオープンしたバームクーヘン屋さんでバームクーヘンと一緒に貰ってきたそうだ。

あまり見たことのない花と思って調べたら、やはり外国種のようで和名は出てこなかった。

天高く文化の日

今日は明治天皇の誕生日で文化の日である。

【天高く馬肥ゆる秋】ということわざ通りの晴天。

雲が高い。

土日に伯父の法事で横浜に行くので今日のうちにジムを済ませる。

ジムの行き帰りに見かけた花は耐寒マツバギク、オッタチカタバミ、キンレンカ、ホウセンカ、センニチコウ、ノボロギク、パンジー、シクラメン、セキチク、オニタビラコ、コスモスなど。

写真を撮ると植物名を教えてくれるソフトがあると楽しめて良い。

見かけた虫はオオスズメバチ、ハナアブ、オンブバッタ、マダラバッタ、キチョウ、モンシロチョウとシジミチョウを2種類。

子どもの頃は動物図鑑、昆虫図鑑に首っ引きだったので、虫は何となくわかる。

昨日の会社帰りと比較して昼と夜では目につく生き物も変わる。

陽の高いうちはもう少しの間、虫と花を楽しめそうだ。

午後からは電気屋さんにいってワイヤレスイヤホンとヘッドセットを買ってきた。

ワイヤレスイヤホンは娘が使っているのを見て羨ましくなり電車通勤再開を機にとの思いで購入した。

オーディオブックがいくつか携帯にダウンロードしてあるのではやく試してみたい。

ヘッドセットに関しては公私ともども家でZOOMを使うケースが増えてくる中で家族の邪魔にならないようにと思いでそろえた。

ヘッドセットをそろえてコーチングなど形から入っていく。

今日の写真はノボロギク。

園芸種でなく全くの野生種。花が小ぶりで清楚な感じだった。

悪くない。