図書館で「14歳からの哲学」を借りた

コロナ禍による緊急事態宣言下で閉鎖されていた図書館が10月1日より再開された。

返却できないまま約1ヶ月借りっぱなしになっていた本を返しに行って代わりの本を借りてくる。

小学校以来になるが最近はよく図書館を活用している。

街の本屋さんとは並んでいる本の数が桁外れで、ジャンルごとに本棚が二つも三つもある。

特定のジャンルの棚の前に立ちタイトルで本を選ぶという、本好きにはたまらないぜいたくができる。

今回借りてきたのは、下の4冊である。

『14歳からの哲学(池田晶子)』

『アドラー心理学入門(岸見一郎)』

『現代小説の方法(中上健司)』

『創作の極意と起きて(筒井康隆)』

オーディオブックでベストセラーの『嫌われる勇気』を聴いてアドラー心理学に興味をもったので、心理学・哲学の本棚から二冊を選ぶ。

あとはブログを書きはじめてから自分の文章の稚拙さに頭を抱えていたので創作文章の書き方2冊も借りる。

今日は家内がコロナワクチン2回目接種に行って休憩しているので私が家事をしている。

借りた本は根を詰めずにのんびりと2週間かけて読みすすめよう。

哲学や心理学というのは結局一度は引っかかってくるカテゴリーなのかもしれない。

55歳なりの読み方が出来ればよいなと思う。

ところで今日の写真は玄関の鉢のところにいたアマガエルである。

鉢のメダカ5匹を食べてしまったカエルである。

肥え太っている。

ブログを書いてよかったこと~医療費への気づき~

close up photo of a stethoscope
Photo by Pixabay on Pexels.com

昨日(10月1日)、歯医者に行った話を書いた。

歯医者以外でも医療費は増えていて私だけでも尿酸値を下げる薬や緑内障予防の眼圧を下げる薬などを服用している。

家内や子どもも含めると、それなりにお医者さんにいっている勘定になる。

大学時代は、真冬の札幌で酔っ払って路上で寝つぶれて目が覚めると自分の身体に雪が降り積もっているようなこともあったが風邪一つひかなかった。

社会に出た後も、20年以上、歯医者さんに歯石を取りに行く以外にはお医者さんにかかったこともなかった。

相互扶助的な保険料の仕組みに対し、割に合わないとおもっていたが歳をとるとお陰様と思うことが多くなった。

持病が出る年になって、一昨年から家族全員の医療費が10万円を超えて確定申告のお世話になることもあった(現在のレベルだと手間と受益のバランスから、確定申告はやらないことにして今にいたる)。

死ぬまでの医療費をざっくり試算してみたところ、私と家内でプラスになりそうな感じがあった。

比較的、健康だと思っていたが、人生の収支としてはマイナスなのだと思うと平等といえば平等なのだろう。

まだ頑張る!

ちなみに歯医者さんの腕はとてもよかった!

歯医者で考える

black and white dentist chair and equipment
Photo by Daniel Frank on Pexels.com

仕事帰りに歯医者さんに行った。

2週間ほどまえに、きつい歯ぎしりで縦に割れてしまった歯の治療の2回目である。

すでに抜歯済みの親知らずを勘定に入れない、残存した歯の左下の一番奥から一つ手前の治療である。

割れる前のかぶせ物をはがして、割れた形に合わせてセメントし、再度かぶせ直す予定だ。

今日はセメントまで実施した。

次回型をとってかぶせていく予定である。

設備の古い、年期の入った歯医者さんだが、腕は確かで安心感があった。

患部の治療の前に、歯石取りをしてくれたが、強く攻めてきて歯茎から血がたくさん出た。

終わった後の歯茎の収斂した感じのさわやかさが心地よかった。

経験の浅い歯医者さんは、痛くないことを是として、攻めが甘いことが多いが、歯石取りに限っては血まみれになる方が、効果感を強く感じるのは私だけではあるまい。

歯の治療の際に麻酔を受けたのだが、麻痺がきつかった。

治療途中で何回も歯医者さんからうがいの指示がでるのだが唇が麻痺して口に含んだ紙コップの水が左端から全部出てしまうのに閉口した。

口の一部が全く意思の力の及ばない状況を味わいながら、意識と動作が連動しない障害を持つ人の辛さを実感する。

うがいしながら水が駄々洩れなど、自分の体をコントロールしているという実感のあいまいさを感じた一日だった。

帰宅後、漏らしながらワインを飲むとなおった。

麻酔の切れる時間だったのか酒の効果もあるかは不明。

今日もお疲れさまでした!!

ワクチン接種は終わったが家族旅行まではあと少し!

hot air ballons in the sky
Photo by Francesco Ungaro on Pexels.com

二回目のコロナ予防接種をうった翌日、発熱も頭痛もなかった。

副作用といえば、注射部位の左上腕二頭筋に痛みが残ったくらいだった。

じっとしているとなんともなかった。

パソコン作業中にいつも肩の凝りをほぐす為にやっている、肩から大きく両腕をぐるぐる回す動作や胸をはり肩を広げ両側の肩甲骨がくっつくように肘を思いっきり後ろに引っ張るという運動をおこなったときにのみ、注射部位にひきつるような痛みを感じる程度であった。

会社で周りを見渡すと40代までの人たちが発熱などを起こして接種翌日に休むケースが多い。

トレーニングジムでタニタの体組成計のデータから示される肉体年齢は42~43歳なのだが、実際は年齢相当の身体というのが本当のところなのであろう。

ブースター接種などの話も出ているが、まずは2回目をクリアした。

次の日曜日に家内も2回目を接種予定である。

家内まで打ち終わってなんともなければ次は子どもへと進む。

全員打ち終わったら思いっきり羽を伸ばして旅行にでも行こう。

そんな話をしていたら高校受験を控えた娘から、『受験シーズンまっさかりだから春休みにして』と言われた。

家族同時並行で、もう少し早くワクチンを打っていれば受験シーズ前に動けたという見方もあるが、ファーストペンギンとならずに、二番手三番手でリスクを注視しながら慎重に進むという性向は変わらない。

そこは自己を肯定している。

旅行に行くのはもう少し時間がかかりそうである。

あわてないあわてない、一休み一休み!

柘植の葉を食うスズメガを見た

コロナワクチン2回目接種のための特休であった。

網戸のまま寝たので肌寒かったのと庭の虫の鳴き声で朝早く3時過ぎに目覚めた。

夜は早く寝て朝に書き物をした後に仕事に行くというリズムが作りこめないかと思って、そのまま起き出してパソコンで3時間ほど書き物を行った。

その後、家族が起き出してきて朝食を一緒に取り学校へ送り出した後、30分ほど昼寝をした。

朝食後は庭をプラプラしてると大きなスズメガの幼虫が柘植の一枝の丸裸にしているのを見つけた。

いくらスズメガといえど柘植を丸坊主にすることはできないと思って、そのままにしておいた。

家庭菜園には向かいの家の買い猫がでかいつらで大きな糞をしていた。

追っ払ってしばらくすると、糞にあっという間にダンゴムシがたかっていたので、ダンゴムシはこういったものも食べるんだと感心した。

そのまま土に漉き込もうと思ったが、少し調べると猫の糞から人に移る回虫もいるらしいし家庭菜園にはサラダで食べる予定のレタスもあるので畑からは取り分けて生垣の下にほうっておいた。

そうこうするうちにコロナ緊急事態宣言下で半ドンの上の娘が帰ってきた。

自転車の荷台に鞄に大きな虫がついているので取ってくれというので見に行くとバッタが止まっていた。

捕まえようとしたら逃げていった。

借家の小さな庭だけれど近くにイノシシもでる山を携えて、ちょっと庭をうろうろするだけでいろんな生き物の息吹を感じることができる。

いい休日だった。

15時から医者に行き、2回目の予防接種はなんてことなく終わり、このまま夜も発熱なくすんなりいけばめでたくワクチンパスポートゲットとなる。

今日のブログの写真には柘植の葉を食うスズメガを上げておく。

コロナワクチン2回目接種前夜に思うこと

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Photo by Jens Mahnke on Pexels.com

明日は、コロナワクチンの2回目の接種で会社は特休である。

2回目接種の副作用に対する不安はあまりなくて、特休の嬉しさが先にたっている。

後遺症や死亡率の低さもあるし、高齢の母などの接種後の様子から、重篤化しない家系なのだろうという楽観もある。

楽観はあるが、ブログを書き始めるタイミングで【死ぬまでにやりたい10のこと】というテーマをもったので、万一に備えてブログを始めた5月以降に何か少しでも進んだのか検証をしてみる。

ブログを書き始めた当初の10のやりたいことは、山の購入とその活用がメインであり、山を購入(1)し開拓し小屋(2)を作り自給自足(3)を行い、生活インフラを自前で確保(4)するなど、10の内の7つがその関連である。

残りは、出版や作曲、屋久島にいくといったところである。

この4か月間の間に、出版できるか否かはともかくとして出版企画書を書き始めたり、森林インストラクターの勉強を始めたりしている。

地目山林の300坪程度の小さな土地も見に行った。

終の棲家を求めて、福岡や神奈川の移住支援セミナーも受けた。

コーチングの無料体験講座も受けた。

振り返ってみると、毎日400字以上をノルマとしてブログを書くことで、無理やりにでも思考していることが前に進む原動力になっていると実感する。

山を購入したいという真の動機が自給自足と自由に焚火の出来る環境であることもフォーカスされてきた。

引き続き、ブログを推進力に死ぬまでにやりたいことをブラッシュアップし進めていく。

60歳から65歳までを、どうつないでいくか!

selective focus photo of stacked coins
Photo by Pixabay on Pexels.com

会社の後輩が会社を辞めるという発表があった。

今は異なる部署にいるが、入社当初は私のところにいた。

いろいろと考えてのことであろうし、様子はきいていたので彼の決断を支持したい。

その件をきっかけとして、自分の今後のことに思いをはせた。

あと4年で定年になる。

子どもは、中三と小6なので、下の子を大学まで出した時には、66歳になる勘定である。

65歳までの雇用が企業に義務付けられているが、私の勤務する会社は再雇用制度での継続雇用になるので待遇は大幅に低下する。

老後の住処を神奈川か福岡に定めようと考えていることを何度か書いてきたが、なるべく身体の動くうちに移住したい気持ちもあるので、待遇低下をむしろ好機と捉えることもできるのではと考える。

定年延長の場合の給料を60歳過ぎて新天地でもらうのは極めて難しいが、再雇用の給与であれば探しようによっては可能性があるのではないかという考えである。

それであれば終の棲家の暮らしの前倒しが可能になる。

退職金と失業保険で一時凌いだり、極力出費を抑えた生活の構築を行うなど、出来るところまで引っ張って、いざとなったら年金の前倒し需給を行うなどの手もある。

小さく稼ぎながら、諸々の手段を組み合わせていけば、60歳から65歳までの間を何とか繋げそうな感じがする。

精査を行い確信が持てれば、60歳前後で次のチャレンジという手もあるのではないか?

熟考に価する。

ブログをやってよかったこと メリハリのきいた毎日になる~

young lady typing on keyboard of laptop in living room
Photo by Vlada Karpovich on Pexels.com

ブログをやってよかったこと~メリハリのある暮らしになる~

今日は森林インストラクターの一次試験の日である。

緊急事態宣言の影響で愛知に出かけることがかなわず、今年の合格はあきらめて家でブログを書いている。

ブログを書いているあいだは、時間の無駄使いという感じを持たずに作業できるのがよい。

ブログを書いていなければお酒を飲んでぐったりしていたに違いない。

二日酔いで一日寝転がっていた日は、『俺は人間の屑だ~』、『また今日も一日を無駄にしてしまった』などとよくつぶやいていたものだ。

毎日ブログを書き続けるためにはネタを探す必要がある。ブログに書くことを意識して生活すると毎日のルーティーンの密度も濃くなる。

瞬間に感じていることを意識し、必要に応じて調査を行い対策する。

ルーティーンと記載するときも、ルーチン・ルーティン・ルーティーンの何が正解かネットで調べた(三つとも正解。辞書にも併記され新聞やテレビでいずれも使われる。)。他にも眠れないときは、眠れない理由や対策などを言葉に起こして考えてみる。

自問自答しながら自分がいかにものを知らないか知る。

無知の知である。

毎日ブログを続けることによって、少しずつではあるが成長実感があるのがよい。

老後は海かそれとも山か?

landscape photograph of body of water
Photo by Kellie Churchman on Pexels.com

今日は新聞の折り込みチラシを見て、朝10時から住友不動産の【新築そっくりさん】を見学にいってきた。

新築分譲住宅の案内には興味がなく見学することもないのだが、【新築そっくりさん】は古民家のリフォームなども行っているので、格安の中古住宅を購入しセルフリフォームして老後を暮らすことを考えている私としては、リフォームの注意点などを聞く腹積もりで見学した。

中古住宅をリフォームする際の耐震性や法律の変更や経年劣化の観点から平成以降の建物が良いなど、いろいろと話を聞くことが出来た。

老後に終の棲家を選ぶ際の物件の選び方について勉強になった。

12時過ぎに家に戻り、大急ぎで昼ご飯を作る。昨日炊いたご飯をレンジでチンして、おかずは豚肉と紫蘇を小麦粉で整えて軽く焼いたメニューで美味。

大急ぎの理由は、13時からの神奈川移住セミナーへのウエビナー参加である。

今日は、相模原市、茅ヶ崎市などの紹介だった。茅ヶ崎市などは済みやすそうではあるが、やはり地価は高めである。

地価だけ見ると私の身の丈に合っているのは三浦市くらいになってくる。

子どもの頃、よく海水浴に来たなじみの街である。

終の棲家を決める際は、自分の望みをはっきりと明確にして、やりたいことの優先順位を付けた目標の探索が必須となる。

過去のブログで自分が自然に囲まれて生きていくことを望んで山を買いたいと言っていたが、自分の欲する自然が海なのではないかといった感情も出てきた。

終の棲家を決めるにはもう少々精査が必要である。

この一年色々と考えてきたが、考えた数だけ状況が好転する印象があるので、引き続き検討する。

心のやすらぎを老後の最優先のテーマに設定すると、費用的にも負担は少なくないが、新しいことに突っ込んでいくというスタンスが必要となってくる。

晩御飯に何をたべたいか!

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Photo by Terje Sollie on Pexels.com

週の頭に会社の基幹システムが変わったのだが、メーリングソフトの仕分けのアルゴリズムが変わったようで、大量のメールが迷惑メールフォルダーに流れていた。

メールの少なさに違和感を覚えて調べた結果、その状況に気づいたのだった。

慌てて、お客様宛に、たまったメールを打ち返していたので、珍しく遅い時間に自宅への帰路に就いた。

軽い空腹を感じながら運転する間、何が食べたいという具体的な欲求はなかったが、家に帰るとアボガドまぐろどんぶりで、疲れ気味の身にはありがたかった。

若いころは、肉さえあればそれでいいという感じだったが、歳をとるにつれ、あっさり系にも魅力を感じるようになっている。

土日には私が食事を作ることも多いのだが、好きだった昔の記憶で、こってりメニューに決めて、材料を買いにスーパーに行っても、いざ目の前にすると重たく感じて、メニューを変更することも多い。

雑炊やそうめんに魅力を感じることも増えたが、食べ盛りの子供には受けが悪い。

家族のリクエストをもらって、リクエストをメインにメニューを組み立て、私自身は、副菜の冷ややっこなどに舌鼓を打つこともある。

少年時代、青年自体を経て、現在、55歳の私としては、人の食の嗜好というのは変わるものだと感心している。

これからも変わり続けていくのに違いない。

それならば、食べ物との向き合い方も、一期一会の気持ちで、毎食美味しく感じるものを、感謝しながら食べていければと思う。

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