生活の波(バイオリズムや星占い)

昨日は何度か目が覚めて今朝の目覚めは今一つだった。

原因の特定出来ない睡眠の良い日、悪い日がある。

身体・知性・感情の3つの波から好不調を見るバイオリズムは疑似科学とは言われるがやはり何かそういったことが影響を与えていそうな感じはする。

四柱推命や星座などの占いだったり、『禍福はあざなえる縄のごとし』といった感じで、いろんなことが波状によくなったり悪くなったり繰り返すことが多い。

光は粒子でもあれば波でもあるし、季節も朝昼晩を繰り返しながらすこしずつ動いていく。

自然現象の中で生物として生きる以上は当然なのかもしれない。

元気な時には張り切りすぎて疲れることが多いし、おなかが減りすぎると食べ過ぎて胃がもたれるし、良くも悪くも振れて当然なのかもしれない。

腹八分とか中庸とかは、そこいらのことも戒めているのかもしれない。

よく生きようと思ったら、積極的に新しい体験をしたり、やりたいことをやっていくのが好ましい。

限界を超えないぎりぎりのところでリズムを整えながら日々過ごしていこう。

写真はアオスジアゲハ。

見つめていると飛び立った。

野生の生物は視界に入っていても動かないのに意識を向けると逃げることがよくある。

視線も何かを出しているなどと思っている内に波のことを考えていた。

先輩の記事を読み、鶏飯を食べながら今の自分を思う

大学時代の一つ上の先輩が掲載されている記事を友人がLINEで送ってくれた。

大学時代からカリスマ性のあった人だが社会に出てからも多方面で活躍されている。

今回は医師としての側面から医学雑誌に載っていた。

記事の中に数枚写真が載っていて何とも優しげな厳しげな表情で写っていた。

常にストレッチした目標を掲げて、その目標に向かって一心不乱に突き進みつつ、周囲への目配り・やさしさを忘れずに生きてるとあんな感じになるのかもしれない。

妻に記事を共有して感想を求めると、俺の意見に同意しつつも俺の顔も年々よくなっていると言ってくれた。

実は自分でもそう思っていたので嬉しかった。

俺は56年の人生の中で今が一番よい顔をしている。

到達できる高さは違っても私なりに加速度をつけながら登っていく。

コーチングも楽しみながらやっていきたい。

妻の故郷の名物である鶏飯を食べながらそう思った!

鈴なりのセミ

鈴なりのセミ

昨日が仕事だったので休日のルーティンを一日に詰め込む。

朝一でコーチングのセッションをこなした後にジムでトレーニングをする。

コーチングもジムも最初は億劫だったがやっている内に段々と楽しくなる。

若い頃の柔道の練習と一緒だ。

自分のレベルがあがると楽しめるようになってくる。

ジムから帰って昼飯を作る。

土用の丑の日の売れ残りで安くなっていたうなぎを日本酒で煮切ってふっくらさせたあとにオーブントースターで表面をカリッとさせて皆で食べた。

美味しかった。

昼食後は少し休憩した後に本屋さん、図書館へと行く。

本屋さんへは家族4人で行った。

最近は子供達が忙しいので4人で外出するのは久しぶりだ。

子供達が本を選んでいる間に田舎暮らしの本などを少し立ち読みして、図書館に向かう。

借りてきた本を返して次の本を借りるという作業もだいぶんとルーティン化してきた。

今年になって80冊以上読んでいるが、最近は14歳向けのシリーズにこっている。

まだまだ読書のスキルが足りておらず勉強をやり直している感じである。

どんどん読んでいく。

行き帰りの図書館の土手に生えている草花にセミの抜け殻が鈴なりになっている。

10mくらい進む間に5つくらいあった。

命を感じた!

土曜日のテレワーク

私の働いている会社では年に2回土曜日に仕事があり、今日がその日であった。

8月1日を期初としてあり上下半期末に全社で成果発表を行っている。

以前は本社に全社員が集結する大イベントだったので休日に設定し、翌日は普段なかなか会えない人とゴルフをすしていた。

今も土曜日に行われているが、現在は皆ZOOMで参加している。

自分のパートは少しだけで基本的には聞き役に徹する一日である。

大きな声では言えないが、個人のパソコンを横において電気などの生活インフラの契約見直しや帰省した時の予定をたてるなどして参加した。

ストレッチもした。

通常の土日に一日パソコンに座っているというのは、もったいなくてなかなか出来ないが、一日パソコンに向き合うと覚悟を決めていると色々なことがはかどるものだ(内職であっても)。

昼休憩の1時間の間には洗濯ものを干したりトマトやきゅうりのわき芽をつんだりしながら太陽光を浴びてリフレッシュした。

今年のお盆は家にいて、時期をずらせて帰省する。

お盆の間にパソコンに向かう日を作ってコーチング環境を一気に整えたいと思った。

俳人・詩人になりたい

俳人や詩人になりたい

今朝は3時40分に起床した。

4時40分に家を出て、通勤途中の駅前でやっている朝活に顔を出す。

生活のリズムを好転させる良いきっかけにしたいと思って始めた朝活だが、いい感じで続いている。

普段は駅まで愛妻に車で送ってもらうのだが、4時台だとさすがにそんな訳にもいかず、30分ほどかけて歩いて行く。

前日夜19時頃完全に暗くなる前にセミの声を聞き、朝4時にはもうセミの声がしている。

アブラゼミやミンミンゼミ、クマゼミ、ツクツクボウシにニイニイゼミくらいは声を聞き分けるのだが、この時期、この場所では朝4時も19時頃もアブラゼミ、クマゼミの声がひびいているようだ。アブラゼミの声が16時間以上にもわたって聞こえているが同じセミか否か?

早朝好きのアブラゼミと夕方に張り切るアブラゼミがいるのか否か?

そこらへんはわからない。

駅まで歩く途中、【閑さや岩にしみ入る蝉の声 】という俳句が頭に浮かぶ。

こちらもリアルで蝉の声にさらされている最中だが、岩にしみ入るという言葉は決して出てこないと思って感服する。

さすが芭蕉だ。

仕事が終わった帰り、駅から家に歩いて帰る途中に陽が落ちる。

5分前まで青々とした空がいきなりオレンジになる感じが凄い。

【しぼったばかりの夕日の赤が水平線から漏れている】という落陽の歌詞を思い出す。

この言葉も俺には出てこない。

俳人や詩人になるにはだいぶ修行が必要だが、目の前の言葉に向き合いながら自分の言葉を充実させていきたい!

家に帰ると妻が、ママ友からすいかをもらってきていた。

三重に来てから、よくこういう恩恵にあずかる。

近所のスーパーの生魚コーナーは土用を前に、うなぎばかりだったが、生うなぎに手を出す人は少数だったようで生うなぎが半額になっていた。

うなぎの白焼きをありがたくいただきつつ、今日のブログを終わる!

いつの間にか先輩

大学時代の柔道部の伝説的な先輩が亡くなったという連絡があった。

78歳だった。

毀誉褒貶相半ばする人だったが、大学時代に交通機動隊などの社会人も出てくる大会で勝ち抜いて県代表として全国に行った人だった。

もう出てこない人だと思う。

ご冥福をお祈りします。

安倍さんが亡くなった後に、周りを見渡すと、ひろゆきや成田助教授など、世に出ていていろんなところで目につく人達の年下率がすごいことになっていることに気付いた。

いつの間にかいろんなところで先輩である。

同い年で第一線から引く人も出始めている中、自分のことをまだまだ発展途上だと思っている56歳って珍しいのだろうかとふと思った。

しかし80過ぎて世に出る人たちもいることだし、限られた時間を大切さに使いながら楽しくやっていたらなんとか形になるに違いない。

そんなことを考えながら、先日レンタルした【最高の人生の見つけ方】を再度ながしながらブログを書いている。

節酒早起きで貴重な時間を生み出して精力的な活動に使っていく。

脳天気で行こう!

夏休みの通勤電車

三重は今日、36度まで気温があがる暑い日になった。

アップロードしている写真のようにカンカン照りというよりは雲も出て蒸し蒸しとする感じだ。

朝に出勤するときも26度くらいある蒸し暑さで汗が噴き出そうだと思いながら駅に入っていった。

すると思いのほか電車がすいていてすんなり座れたし冷房もよく効いていて快適だった。

いつも7時台の電車に乗っているのだが周りを見渡すと学生さんの姿がなく夏休みに入ったのだと思い至る。

真夏の電車が意外と快適なことを思い出した。

そういえば今日は下の娘の終業式だった。

二学期制の上の娘に続いて下の娘も今日から夏休みに突入だ。

中学一年生の一学期お疲れ様でした。

中高生になると部活動をやったり友達と遊びに行ったりで親の出番はめっきりと減ってくる。

親子での行動が減ることを実感するよりも少し早いタイミングで森林インストラクターやコーチングなどに取り組み始めていて時間の無さに悲鳴をあげていたおかげでさみしさは感じずにすんでいる。

ありがたいことだ。

このまま子供が少しづつ自立していくのと並行して私たち夫婦も子供から自立していきたいものだと思う。

三連休を満喫

土日+αの休みはGW以来となる今回の三連休を満喫した。

普段の土日は、ジムで筋トレなどいくつかのルーティンを持っているので、to doで多くの時間を使ってしまう。

その点、三連休だとゆったりとした時間を過ごせてとてもよい。

このところコーチングのセッションなども予定に詰め込んでいて土日だけだとあっというまに終わってしまう。

昨日までに通常のルーティンに加えて、子供のピアノ演奏会に参加したり、昨日ブログにかいた『最高の人生の見つけ方』をAmazonでレンタルして鑑賞したり、ドコモショップで携帯電話の料金の見直しをしてもらったりした。

今日はコーチングセッションを一つこなしたあとは本を読んだり、庭の草むしりをしたりして過ごした。

子供の頃、草むしりをしている祖父の姿にあまり価値を感じずに、もっと有意義なことをしてすごせばいいのになどと思っていたのだが、この年になって、草むしりはメンタルを整えるのに最適の方法の一つと考える。日光を浴びながら作業しているとどんどん雑念が浮かんでくるのだが、最後は風を感じながら、一心不乱の草をむしっている自分に気付く。

禅僧が座禅をしているときの心境はかくのごとしかという感じだ。

一昨日の写真にはなるがピアノ演奏会の花束をアップロードして、諸々の感謝とする。

『最高の人生の過ごし方』を鑑賞

『最高の人生の過ごし方』を見て、梅干しを天日干しする

三連休の中日である。

筋トレしたり、ZOOMでコーチングの相互セッションをしたり、家事をしたりしている。

梅干しも干した。

明日も天日干しにすると完成だ。

楽しみである。

コーチングセッションは、今は、週に2回くらい相互セッションを入れている。

相互セッションで、相手をコーチにしてセッションを受ける時には当然自分がコーチングをうけるためのテーマ(なりたい自分)が必要になる。

毎回のセッションでは、テーマに応じた行動を起こすことになるのだが、なかなか忙しい。

自分なりの大きなテーマとしては、『いかによく生きるか?』、『幸福の追求』なので、そこから拾ってくる。

コーチングをやり始める前に、死ぬまでにやりたい100のことということを掲げて、このブログを始めた。

結局そこに戻ってきて、テーマを探っている。

テーマを探る中で『最高の人生の過ごし方』という映画が役に立っている。どこに住むのか、定年後何をするのか、テーマに困ることはない。

目の前にほんわかゆったりとしたものごとを積み上げて進んでいく!

コーチングのコミュニティを楽しむ

子供の頃はほっておいても友達ができた。

欠点を隠すこともなくありのままの自分で仲の良い友達ができた。

どちらかというと人見知りであることに誇りを持っていた。

新しいクラスで先頭きってクラスをまとめようとリーダーシップを発揮しようとする人にはなんとなく違和感があったし、一年間の終わり頃に引き続き人気者でいる人は少なかったように思う。

私は夏休みくらいまでクラスでは一人のことも多い人見知りで部活の部屋に入り浸っていたが少しずつ友達が増えてきて最後は楽しく生活していたと思う。

大人になると手持ちの人間関係でやっていく人が多いので私生活では積極的に活動しないと友人はできづらくなる。

50歳になって三重にきた後も昔の友達と東京や大阪でたまに遊ぶくらいで、こちらでの私生活でのコミュニティをつくることに熱心ではなかった。

ちょっとした習い事のような場所でもそんなにコミュニケーションを積極的にとることはなかった。

他人のことばかり言えないが、同じような年齢の集団というのはどこかくたびれた感じで覇気を感じることがすくなかったせいかもしれない。

コーチングのセッションをコーチ同士でトレーニングしてると皆前向きな人が多くて良い雰囲気が漂う。

塾にいくようにピアノをならうように皆コーチングすると快適な世間ができあがりそうな気がする。

増えすぎるとゲーム理論とかで良くない状況とかもあるのかもしれないがまだまだコーチはそんな数ではないのであなたの街にコーチング気分でやっていきたい。