
横浜へ帰省したついでに、横浜中華街に寄った。
子どもの頃は、みなとみらいも線もまだなく、赤レンガ倉庫も今のような観光スポットではなかった。
横浜に出る時は中華街を目当てにすることが多かった。
台湾で勤務していた祖父母が懐かしむので、年末には、赤鶏の燻製など中華の食材を購入するために行っていた。
私も中国に駐在していたので、赤と緑と金色のぴかぴかした建物を久しぶりに見て、懐かしく感じた。
中国では、もてなす側のマナーとして、食べきれずに残すくらいの料理を提供する必要があり、もてなされる側もマナーをわきまえた立ち居振る舞いが求められる。
中国が貧しかった当時は、残した食事を従業員の賄いにするということもあったようだ。
駐在当初は、出されたものは残さないのがマナーと思って無理に食べていたが、のちに非常識な振る舞いと知って赤面したものだ。
駐在中の経験では、安くて美味しいものは、駐在経験の長い日本人よりも、やはり現地の人がよく知っていた。
駐在していた当時は、1ドル80円の時代で、上海の最低賃金も月960元(1元13円)で、とにかく物価が安かったものの、干しアワビや干しナマコといった乾貨で、手の出にくい高価な食材もあった。
干しアワビをメインにした料理は手が出なくても、乾貨で出汁を取った湯(スープ)を使った料理を堪能することで、高級食材のお裾分けにあずかることができた。
現地の人は、お得な料理を良く知っていた。
今回の中華街では、東坡肉、北京ダック、海老シューマイなどを含む、四千数百円のコースをいただいた。
当時、中国で食べていた時とは価格帯がだいぶ異なるが、懐かしい思い出をよみがえらせるという意味では高い買い物ではなかった。
60歳を過ぎてくると、思い出消費に財布の紐が緩む。
それも悪くないと思う一日だった。
にほんブログ村
